代わりにノアが言うと、ルイスは面倒そうにため息をついた。
「だから優しくしろって? 冗談だろ。俺は、悲しみに縛りつけられながら生きるのはごめんだね」
エマとルイスは違う。
そう思っても、ルイスの過去を知っているノアは、ルイスにそう言うことはできなかった。
それぞれの伝えたいことがなくなり、言葉を飲み込むアリアとノアを置いて、ルイスは歩き始めた。
「どこに行くんです」
ノアはいち早くルイスを呼び止めようとするが、ルイスの足は止まらない。
「魔獣討伐。まだエマの力を封じた魔法は消えないだろ。今のうちにストレス発散」
ルイスの背中に、アリアもノアも声をかけられなかった。
逞しいように見えて、悲しい背中。
ルイスの中に隠された悲しみはなんなのか。
アリアはそれが気になったが、これ以上ルイスのことを勝手に聞くことに抵抗があり、ただその背中を見送った。
◇
「私は今回、エマを守ることが仕事だと言ったはずだよ。それなのにルイス。お前はなにをしていたんだ」
日が暮れたころに、ルイスは酒場に顔を出した。
リリはルイスの顔を見るなりそう言うが、ルイスは聞き流し、店の奥にある席に腰を下ろした。
よく見れば、ルイスの左肩や頬に新たな傷ができている。
「リリさん、救急箱ってありますか?」
エマはそれが気になり、リリに言った。
「エマ、アイツに優しくしてやる必要は」
「傷付いている人は、放っておけません」
気弱だと思っていたエマの強い声に、リリは引き下がった。
リリから救急箱を受け取ると、エマはルイスの元に行く。
しかし自分の怪我に無関心なルイスは、傷を見せようとしない。
それでもエマは諦めず、ルイスの両頬を挟み、自分の方に向ける。
「ルイスさんは、もっと自分を大切にしたほうがいいと思います」
なぜエマにそんなことを言われなければならないのか。
ルイスはそう思ったけれど、言わなかった。
『お兄ちゃんにはもっと、自分を大切にしてほしいよ』
かつて言われた、小さな願い。
ふと、それを言った妹とエマが重なった。
ルイスは大人しく、エマの方を向く。
エマは笑みをこぼし、手当てを始める。
「エマが笑った……」
二人が見えるカウンター席から見守っていたアリアは、その光景を喜びたくてもできないという表情で言った。
「ここに来たことが、少しずついい方向に向いてきたのかもしれないね」
リリに言われ、救われた気分ではあったが、ルイスが気に入らないアリアは、エマの笑顔を引き出したのがルイスであることが、どうしても認めたくなかった。
「そんなにルイスが嫌い?」
「……良い奴であるのは、十分わかりました」
ノアに連れていかれたあの場で、アリアは子供たちに慕われるルイスを見た。
ルイスのおかげで大人から殴られることが減ったと喜ぶ子供も見た。
『ルイスさんは、誰かのために自分を傷付けてしまう人なんですよ』
ノアの切なそうな横顔が、脳裏によぎる。
「でも、自己犠牲は、気に入らない。誰かのために自分を傷付けたって、誰も幸せにならない。相手を思うなら、自分のことも大切にするべきだ」
それはルイスのことだけを言っていない。
『アリア、エマをお願いね』
アリアは、マチルダの選択が正しかったと、今でも思えなかった。
たとえ逃げられないのだとしても、エマとの未来を願ってほしかった。
すると、リリがアリアの頬に触れる。
アリアは、自分が泣いていたのだと知る。
「ルイスの一番大事な人もね、亡くなってるんだよ。だからルイスは、自分を大切にする方法を見失ってる。まあ、もともと自分を大切にできるような奴ではなかったけどね」
「リリ」
手当てをしてもらったルイスが、二人のそばに立っている。
自分の過去話が聞こえ、無視できなかった。
「勝手に話して悪かったね。でも、エマに協力してもらうなら、その理由は教えておくべきだろう」
エマもアリアも気になって、その目は話してくれることを期待している。
ルイスは椅子に腰を下ろし、静かに話し始めた。
「だから優しくしろって? 冗談だろ。俺は、悲しみに縛りつけられながら生きるのはごめんだね」
エマとルイスは違う。
そう思っても、ルイスの過去を知っているノアは、ルイスにそう言うことはできなかった。
それぞれの伝えたいことがなくなり、言葉を飲み込むアリアとノアを置いて、ルイスは歩き始めた。
「どこに行くんです」
ノアはいち早くルイスを呼び止めようとするが、ルイスの足は止まらない。
「魔獣討伐。まだエマの力を封じた魔法は消えないだろ。今のうちにストレス発散」
ルイスの背中に、アリアもノアも声をかけられなかった。
逞しいように見えて、悲しい背中。
ルイスの中に隠された悲しみはなんなのか。
アリアはそれが気になったが、これ以上ルイスのことを勝手に聞くことに抵抗があり、ただその背中を見送った。
◇
「私は今回、エマを守ることが仕事だと言ったはずだよ。それなのにルイス。お前はなにをしていたんだ」
日が暮れたころに、ルイスは酒場に顔を出した。
リリはルイスの顔を見るなりそう言うが、ルイスは聞き流し、店の奥にある席に腰を下ろした。
よく見れば、ルイスの左肩や頬に新たな傷ができている。
「リリさん、救急箱ってありますか?」
エマはそれが気になり、リリに言った。
「エマ、アイツに優しくしてやる必要は」
「傷付いている人は、放っておけません」
気弱だと思っていたエマの強い声に、リリは引き下がった。
リリから救急箱を受け取ると、エマはルイスの元に行く。
しかし自分の怪我に無関心なルイスは、傷を見せようとしない。
それでもエマは諦めず、ルイスの両頬を挟み、自分の方に向ける。
「ルイスさんは、もっと自分を大切にしたほうがいいと思います」
なぜエマにそんなことを言われなければならないのか。
ルイスはそう思ったけれど、言わなかった。
『お兄ちゃんにはもっと、自分を大切にしてほしいよ』
かつて言われた、小さな願い。
ふと、それを言った妹とエマが重なった。
ルイスは大人しく、エマの方を向く。
エマは笑みをこぼし、手当てを始める。
「エマが笑った……」
二人が見えるカウンター席から見守っていたアリアは、その光景を喜びたくてもできないという表情で言った。
「ここに来たことが、少しずついい方向に向いてきたのかもしれないね」
リリに言われ、救われた気分ではあったが、ルイスが気に入らないアリアは、エマの笑顔を引き出したのがルイスであることが、どうしても認めたくなかった。
「そんなにルイスが嫌い?」
「……良い奴であるのは、十分わかりました」
ノアに連れていかれたあの場で、アリアは子供たちに慕われるルイスを見た。
ルイスのおかげで大人から殴られることが減ったと喜ぶ子供も見た。
『ルイスさんは、誰かのために自分を傷付けてしまう人なんですよ』
ノアの切なそうな横顔が、脳裏によぎる。
「でも、自己犠牲は、気に入らない。誰かのために自分を傷付けたって、誰も幸せにならない。相手を思うなら、自分のことも大切にするべきだ」
それはルイスのことだけを言っていない。
『アリア、エマをお願いね』
アリアは、マチルダの選択が正しかったと、今でも思えなかった。
たとえ逃げられないのだとしても、エマとの未来を願ってほしかった。
すると、リリがアリアの頬に触れる。
アリアは、自分が泣いていたのだと知る。
「ルイスの一番大事な人もね、亡くなってるんだよ。だからルイスは、自分を大切にする方法を見失ってる。まあ、もともと自分を大切にできるような奴ではなかったけどね」
「リリ」
手当てをしてもらったルイスが、二人のそばに立っている。
自分の過去話が聞こえ、無視できなかった。
「勝手に話して悪かったね。でも、エマに協力してもらうなら、その理由は教えておくべきだろう」
エマもアリアも気になって、その目は話してくれることを期待している。
ルイスは椅子に腰を下ろし、静かに話し始めた。