◇
魔獣を討伐した翌日。
ルイスは柄にもなく緊張していた。
それもそのはずだ。
ルイスとアリアがいるのは、王に謁見する場。
平民が気軽に足を踏み入れられるような場所ではない。
見たこともないような、高価な装飾物。
厳しい雰囲気をまとう大人たち。
片足を立て、頭を下げて王を待っているだけ。
たったそれだけのことをとてつもなく広い空間でしているのに、圧迫感で息が詰まりそうだ。
しかし、これは優しいものだったのだとすぐに感じ取った。
王が現れたことで、一気に緊張感が走った。
いまだに顔を上げていないのに、足音だけで王が前にある椅子に座ったことがわかる。
いつ顔を上げればいいのだろう。
いや、そもそも上げてもいいのだろうか。
この場での作法など知らないアリアは、美しい赤い絨毯を見つめたまま、動けなかった。
「お前が最後の魔獣を始末した男か」
威圧的な声に、肩が跳ねる。
しかし”男”と言ったことで、アリアはまたさらに動くタイミングがわからなくなった。
「……いえ、私ではありません」
ルイスは顔を上げずに、正直に答えた。
「では、誰が倒したと言うのだ」
「魔法使いですよ。移動魔法を使っていた、カイ」
ルイスの声色が変わった。
そっと横を見ると、ルイスは王を見上げてにやりと笑っている。
その表情に、アリアは背筋が凍る。
喧嘩を売ることはわかっていた。
けれど、もっと慎重に行動に移るのだと思っていた。
これでは、牢一直線ではないか。
「カイ・ソーマが?」
王の傍に控えている、眼鏡をかけた長身の男が声を漏らした。
その表情は驚きだけを表しているようには見えない。
だが、なにを感じているのか、アリアにはわからない。
「ええ。貴方たちがこぞって殺している魔法使いの力がなければ、危うく全滅するところでしたよ」
挑発をしているのは明らか。
穏便に話を進める気はないらしい。
この人とは無関係だと言いたい衝動に駆られるが、ルイスが見てきて同意を求めるから、それもできそうにない。
「……なにが言いたい」
王の声はますます低くなった。
アリアは今すぐにでもこの場から離れたかった。
「無差別に魔法使いを殺す行為は、愚かだと言っているのです」
空気が凍り付く。
一ミリでも動けば、殺されてしまいそうだ。
こんなにもストレートに喧嘩を売ると知っていれば、ついて来なかったのに。
アリアは今になって自分の選択を後悔した。
「今回の魔獣討伐は、私たちのような戦士を中心として向かったがために、無駄な負傷者が増えた。魔法使いがいれば、こんなことにはならなかった。貴方はそれを理解した上で、カイらの命を奪っているのでしょうか」
ルイスは淡々と事実を述べた。
横で聞いていることしかできないアリアは、下唇をかみしめた。
ルイスのそれを聞いて、ここにいる人たちがマチルダの命を奪ったことを思い出したらしい。
「魔法使いがいなくなった代償はこれだけではありません。街では医療が滞っています。薬だって足りていません。サポート魔法を使う人もいなくなったことで、様々な仕事に支障が出ています。それを知らないなんて、言いませんよね」
それに応える声はない。
重たい空気が戻ってきて、アリアは居心地の悪さを感じた。
すると、ルイスが徐に立ち上がった。
「報酬はいらない。俺たちは、この無意味な魔法使い狩りの中止を望む」
ルイスはそう言うと、アリアの腕を掴んで立たせた。
アリアはされるがままに、扉に向かう。
だが、二人が出ようとするのを、二人の衛兵が槍を傾けることで遮った。
ルイスと衛兵の一人は睨み合う。
「今の発言は侮辱罪に当たりますよ、ルイス・ホワード」
先程独り言ちていた男が、厳しい口調で言う。
ルイスは振り返ると、嘲笑した。
「ただの事実を言っただけだろ」
こいつは生きて帰る気があるのか。
そう思わずにはいられないほどに、ルイスは相手を挑発し続けた。
「第一、禁忌の魔法を使ったライアン・ロペスを生かして、なんの罪もない国民を殺し続けてるとか、気が狂ってるとしか思えねえよ。あんたたちの行動で、何人の国民が涙を流したか。俺に構う暇があったら、それをよく考えたらどうだ」
ルイスはそう言うと、槍の下をくぐって、扉を開けた。
アリアはついに一言も発しなかったが、このまま去っていいとも思えず、王に一礼をしてルイスを追った。
「ルイス。あんな言い方して、大丈夫なのか」
小走りでルイスに追いつくと、ルイスは退屈そうに欠伸を一つした。
あれほど緊張感に包まれた空間にいたはずなのに、ルイスはまったく平気そうだ。
これからのことを考えると、胃が痛くなりそうなのに。
「大丈夫じゃないだろうな」
言葉と表情が一致していない。
能天気なルイスに対して、怒りすら覚える。
大丈夫ではないのなら、もう少し焦った様子を見せてほしい。
いや、そもそもあんな喧嘩の売り方をしないでほしかった。
「アリアはムカつかなかったのかよ。自分の大切な人を奪っておきながら、なにも気にしてない、わかってないところ」
「それは……」
言葉に迷った。
ルイスの言う通りだ。
王たちからしてみれば、この国に多くいる魔法使いの一人だったのかもしれない。
でも、アリアにとっても、エマにとっても、マチルダは代わりのいない魔法使いだ。
簡単に奪われていい存在ではない。
その悔しさは、確かに感じた。
「とりあえず、第一段階はクリアだな」
「これで、上手くいくとは思えない」
「そのときはまた別の手を考えるだけだ」
その別の手も、自分たちが不利になるもののような気がして、アリアは信じられなかった。
「どこに向かっているんだ?」
城を出ようと思えば、まっすぐに進めばいい。
しかしルイスは、左に曲がった。
「医務室。あの魔法使いを迎えに行くんだよ」
一瞬、誰のことを言っているのかわからなかった。
だが、すぐに炎魔法を使った魔法使いのことだと理解した。
「どこに医務室があるのか、知ってるのか?」
ルイスの住んでいる場所、仕事を考えると、王宮とは無縁だと思っていた。
それなのに、ルイスは迷うことなく足を進めている。
アリアは、それが不思議でならなかった。
「何回か、今回みたいな魔獣討伐に参加したことがあるからな」
「よく、死ななかったな」
今回のルイスの戦い方で、アリアはルイスがどれだけ無茶をしてきたのかの片鱗を見た。
とても一人で太刀打ちできない相手でも、きっと突き進んでいたことだろう。
となれば、ルイスが今ここにいることに感心せざるを得なかった。
「死ぬわけには、いかなかったからな」
その理由は問わなかった。
大切な人が生きる理由になることは、アリアも理解できることだった。
「まあ、結局怪我を増やして、医務室の世話になって、怒られまくったけど」
ルイスのその表情は、とても優しかった。
見ているこちらが泣きたくなるほどだ。
ルイスにとってレイラがどのような存在だったのか、言葉で聞く必要もなさそうなほどに、柔らかい笑みだ。
ルイスは、アリアに温かい目を向けられていることに気付いた。
そして、少し不服そうにしながら、視線を逸らした。
医務室に着いて、扉をノックした。
扉の向こうから返事が聞こえると、ルイスは扉を開ける。
「さっき連れてきた魔法使い、起きました?」
「ええ、つい先程」
医務室にいた女医が簡潔に答えると、ルイスは部屋の奥にあるベッドに足を向けた。
「入るぞ?」
そこは清潔感のあるカーテンで閉め切られていて、ルイスは声をかけた。
しかし向こうから返事はない。
それなのに、ルイスは躊躇なくカーテンを開けた。
「……まだ応えてないんですから、開けないでくださいよ」
不満そうにしながら身体を起こす彼は、移動魔法を使っていた魔法使い、カイだ。
あのときは顔色が悪く見えていたが、ここで休んだからか、少しばかり元気になっているように感じた。
アリアは勝手に、カイが回復していることに安心した。
対してルイスは、不服そうにするカイを鼻で笑った。
「随分と浮かない顔だな」
「誰のせいですか」
カイはルイスを睨む。
しかし、ルイスはまったく気にした様子を見せない。
カイはそれすらも気に入らなくて、ますます不満げに見える。
「それで、アンタが殺されるまで、どれだけの猶予がある?」
ルイスの直接的な言い方に一瞬顔を顰めたが、すぐに諦めたような表情を浮かべた。
「大してないと思いますよ。貴方たちが魔法で戻っていない時点で、僕の魔力切れは知られているでしょうから」
アリアの中で、自分の運命を受け入れているカイの姿が、マチルダと重なる。
けれど、カイにはマチルダほどの強い意志は見えない。
心から諦めている状態だ。
それを哀しく思ったが、カイにどんな言葉をかければいいのかわからなくて、ただ哀愁じみた視線を向けることしかできなかった。
「アンタは死なないって言ったらどうする」
カイは鼻で笑った。
死は避けられない運命。
覆せるわけがない。
それを物語っている表情だ。
「あのときもそんなことを言っていましたね」
そしてルイスを睨んだ。
「そんな戯言を信じろと?」
「信じたから、あの魔法を使ったんじゃないのかよ」
カイは言葉を詰まらせる。
「魔法使い狩りの中止を持ちかけて来た。ただ、向こうがどう判断するかはわからない」
ルイスの真剣な眼を見て、それが嘘ではないのだと感じた。
それと同時に、それがなにを意味しているのかを理解した。
王に逆らったルイスもまた、無事ではいられないだろう、と。
これは命懸けの賭けなんだ。
大人しく死を待つくらいなら。
「……それで? 僕にどうしろと言うんです?」
ルイスはその言葉を待っていたといわんばかりに、にやりと笑う。
「手を貸せ」
ルイスの言葉に驚いたのは、カイだけではなかった。
どんなことに手を貸すように言っているのか、はっきりとは言われていない。
だが、アリアは復讐に手を貸せと言ったのだと思った。
それはつまり、エマを巻き込むのを辞めた、ということなのか。
すぐにでも問いただしたかったが、ここで復讐のことを口にすることはできそうにない。
ゆえに、アリアはただただ混乱していた。
魔獣を討伐した翌日。
ルイスは柄にもなく緊張していた。
それもそのはずだ。
ルイスとアリアがいるのは、王に謁見する場。
平民が気軽に足を踏み入れられるような場所ではない。
見たこともないような、高価な装飾物。
厳しい雰囲気をまとう大人たち。
片足を立て、頭を下げて王を待っているだけ。
たったそれだけのことをとてつもなく広い空間でしているのに、圧迫感で息が詰まりそうだ。
しかし、これは優しいものだったのだとすぐに感じ取った。
王が現れたことで、一気に緊張感が走った。
いまだに顔を上げていないのに、足音だけで王が前にある椅子に座ったことがわかる。
いつ顔を上げればいいのだろう。
いや、そもそも上げてもいいのだろうか。
この場での作法など知らないアリアは、美しい赤い絨毯を見つめたまま、動けなかった。
「お前が最後の魔獣を始末した男か」
威圧的な声に、肩が跳ねる。
しかし”男”と言ったことで、アリアはまたさらに動くタイミングがわからなくなった。
「……いえ、私ではありません」
ルイスは顔を上げずに、正直に答えた。
「では、誰が倒したと言うのだ」
「魔法使いですよ。移動魔法を使っていた、カイ」
ルイスの声色が変わった。
そっと横を見ると、ルイスは王を見上げてにやりと笑っている。
その表情に、アリアは背筋が凍る。
喧嘩を売ることはわかっていた。
けれど、もっと慎重に行動に移るのだと思っていた。
これでは、牢一直線ではないか。
「カイ・ソーマが?」
王の傍に控えている、眼鏡をかけた長身の男が声を漏らした。
その表情は驚きだけを表しているようには見えない。
だが、なにを感じているのか、アリアにはわからない。
「ええ。貴方たちがこぞって殺している魔法使いの力がなければ、危うく全滅するところでしたよ」
挑発をしているのは明らか。
穏便に話を進める気はないらしい。
この人とは無関係だと言いたい衝動に駆られるが、ルイスが見てきて同意を求めるから、それもできそうにない。
「……なにが言いたい」
王の声はますます低くなった。
アリアは今すぐにでもこの場から離れたかった。
「無差別に魔法使いを殺す行為は、愚かだと言っているのです」
空気が凍り付く。
一ミリでも動けば、殺されてしまいそうだ。
こんなにもストレートに喧嘩を売ると知っていれば、ついて来なかったのに。
アリアは今になって自分の選択を後悔した。
「今回の魔獣討伐は、私たちのような戦士を中心として向かったがために、無駄な負傷者が増えた。魔法使いがいれば、こんなことにはならなかった。貴方はそれを理解した上で、カイらの命を奪っているのでしょうか」
ルイスは淡々と事実を述べた。
横で聞いていることしかできないアリアは、下唇をかみしめた。
ルイスのそれを聞いて、ここにいる人たちがマチルダの命を奪ったことを思い出したらしい。
「魔法使いがいなくなった代償はこれだけではありません。街では医療が滞っています。薬だって足りていません。サポート魔法を使う人もいなくなったことで、様々な仕事に支障が出ています。それを知らないなんて、言いませんよね」
それに応える声はない。
重たい空気が戻ってきて、アリアは居心地の悪さを感じた。
すると、ルイスが徐に立ち上がった。
「報酬はいらない。俺たちは、この無意味な魔法使い狩りの中止を望む」
ルイスはそう言うと、アリアの腕を掴んで立たせた。
アリアはされるがままに、扉に向かう。
だが、二人が出ようとするのを、二人の衛兵が槍を傾けることで遮った。
ルイスと衛兵の一人は睨み合う。
「今の発言は侮辱罪に当たりますよ、ルイス・ホワード」
先程独り言ちていた男が、厳しい口調で言う。
ルイスは振り返ると、嘲笑した。
「ただの事実を言っただけだろ」
こいつは生きて帰る気があるのか。
そう思わずにはいられないほどに、ルイスは相手を挑発し続けた。
「第一、禁忌の魔法を使ったライアン・ロペスを生かして、なんの罪もない国民を殺し続けてるとか、気が狂ってるとしか思えねえよ。あんたたちの行動で、何人の国民が涙を流したか。俺に構う暇があったら、それをよく考えたらどうだ」
ルイスはそう言うと、槍の下をくぐって、扉を開けた。
アリアはついに一言も発しなかったが、このまま去っていいとも思えず、王に一礼をしてルイスを追った。
「ルイス。あんな言い方して、大丈夫なのか」
小走りでルイスに追いつくと、ルイスは退屈そうに欠伸を一つした。
あれほど緊張感に包まれた空間にいたはずなのに、ルイスはまったく平気そうだ。
これからのことを考えると、胃が痛くなりそうなのに。
「大丈夫じゃないだろうな」
言葉と表情が一致していない。
能天気なルイスに対して、怒りすら覚える。
大丈夫ではないのなら、もう少し焦った様子を見せてほしい。
いや、そもそもあんな喧嘩の売り方をしないでほしかった。
「アリアはムカつかなかったのかよ。自分の大切な人を奪っておきながら、なにも気にしてない、わかってないところ」
「それは……」
言葉に迷った。
ルイスの言う通りだ。
王たちからしてみれば、この国に多くいる魔法使いの一人だったのかもしれない。
でも、アリアにとっても、エマにとっても、マチルダは代わりのいない魔法使いだ。
簡単に奪われていい存在ではない。
その悔しさは、確かに感じた。
「とりあえず、第一段階はクリアだな」
「これで、上手くいくとは思えない」
「そのときはまた別の手を考えるだけだ」
その別の手も、自分たちが不利になるもののような気がして、アリアは信じられなかった。
「どこに向かっているんだ?」
城を出ようと思えば、まっすぐに進めばいい。
しかしルイスは、左に曲がった。
「医務室。あの魔法使いを迎えに行くんだよ」
一瞬、誰のことを言っているのかわからなかった。
だが、すぐに炎魔法を使った魔法使いのことだと理解した。
「どこに医務室があるのか、知ってるのか?」
ルイスの住んでいる場所、仕事を考えると、王宮とは無縁だと思っていた。
それなのに、ルイスは迷うことなく足を進めている。
アリアは、それが不思議でならなかった。
「何回か、今回みたいな魔獣討伐に参加したことがあるからな」
「よく、死ななかったな」
今回のルイスの戦い方で、アリアはルイスがどれだけ無茶をしてきたのかの片鱗を見た。
とても一人で太刀打ちできない相手でも、きっと突き進んでいたことだろう。
となれば、ルイスが今ここにいることに感心せざるを得なかった。
「死ぬわけには、いかなかったからな」
その理由は問わなかった。
大切な人が生きる理由になることは、アリアも理解できることだった。
「まあ、結局怪我を増やして、医務室の世話になって、怒られまくったけど」
ルイスのその表情は、とても優しかった。
見ているこちらが泣きたくなるほどだ。
ルイスにとってレイラがどのような存在だったのか、言葉で聞く必要もなさそうなほどに、柔らかい笑みだ。
ルイスは、アリアに温かい目を向けられていることに気付いた。
そして、少し不服そうにしながら、視線を逸らした。
医務室に着いて、扉をノックした。
扉の向こうから返事が聞こえると、ルイスは扉を開ける。
「さっき連れてきた魔法使い、起きました?」
「ええ、つい先程」
医務室にいた女医が簡潔に答えると、ルイスは部屋の奥にあるベッドに足を向けた。
「入るぞ?」
そこは清潔感のあるカーテンで閉め切られていて、ルイスは声をかけた。
しかし向こうから返事はない。
それなのに、ルイスは躊躇なくカーテンを開けた。
「……まだ応えてないんですから、開けないでくださいよ」
不満そうにしながら身体を起こす彼は、移動魔法を使っていた魔法使い、カイだ。
あのときは顔色が悪く見えていたが、ここで休んだからか、少しばかり元気になっているように感じた。
アリアは勝手に、カイが回復していることに安心した。
対してルイスは、不服そうにするカイを鼻で笑った。
「随分と浮かない顔だな」
「誰のせいですか」
カイはルイスを睨む。
しかし、ルイスはまったく気にした様子を見せない。
カイはそれすらも気に入らなくて、ますます不満げに見える。
「それで、アンタが殺されるまで、どれだけの猶予がある?」
ルイスの直接的な言い方に一瞬顔を顰めたが、すぐに諦めたような表情を浮かべた。
「大してないと思いますよ。貴方たちが魔法で戻っていない時点で、僕の魔力切れは知られているでしょうから」
アリアの中で、自分の運命を受け入れているカイの姿が、マチルダと重なる。
けれど、カイにはマチルダほどの強い意志は見えない。
心から諦めている状態だ。
それを哀しく思ったが、カイにどんな言葉をかければいいのかわからなくて、ただ哀愁じみた視線を向けることしかできなかった。
「アンタは死なないって言ったらどうする」
カイは鼻で笑った。
死は避けられない運命。
覆せるわけがない。
それを物語っている表情だ。
「あのときもそんなことを言っていましたね」
そしてルイスを睨んだ。
「そんな戯言を信じろと?」
「信じたから、あの魔法を使ったんじゃないのかよ」
カイは言葉を詰まらせる。
「魔法使い狩りの中止を持ちかけて来た。ただ、向こうがどう判断するかはわからない」
ルイスの真剣な眼を見て、それが嘘ではないのだと感じた。
それと同時に、それがなにを意味しているのかを理解した。
王に逆らったルイスもまた、無事ではいられないだろう、と。
これは命懸けの賭けなんだ。
大人しく死を待つくらいなら。
「……それで? 僕にどうしろと言うんです?」
ルイスはその言葉を待っていたといわんばかりに、にやりと笑う。
「手を貸せ」
ルイスの言葉に驚いたのは、カイだけではなかった。
どんなことに手を貸すように言っているのか、はっきりとは言われていない。
だが、アリアは復讐に手を貸せと言ったのだと思った。
それはつまり、エマを巻き込むのを辞めた、ということなのか。
すぐにでも問いただしたかったが、ここで復讐のことを口にすることはできそうにない。
ゆえに、アリアはただただ混乱していた。