魔法使いが禁忌の術、死者を蘇らせる術を使ったという噂は、瞬く間に広まった。

「なにもしてないって言ってるでしょ」

 一人の少女の泣き叫ぶ声は、誰にも届かない。皆、当然のように無視をする。

 たったそれだけの噂で、すでに世界の五割程度の魔法使いが処刑されていた。

「連れていかないで。殺さないで」

 そうして止めるほうが悪なのだという目が向けられる。それでも少女は叫び続けた。

 もはや魔法使いを恐怖の対象とみなしており、身近にいてほしくなかったのだ。

 こういうとき、どうしても多数が有利だ。一人の少女の声など、多数の声にかき消されてしまう。

「エマ、生きて」

 炎の中、処刑されることとなった魔法使い、マチルダは微笑んだ。その頬に流れる涙は、炎に照らされている。

 その言葉が本当にマチルダを奪っていくのだと思うと、エマはその現実が受け止めきれなかった。

「嫌だ、死なないで。私を置いていかないで」

 どんどん強くなっていく炎に比例するように、エマはたくさんの涙を落とした。

 喉を壊すような叫び声は、とても聞いていられない。エマのそばにいる、美しい羽を持った妖精のアリアは、胸が締め付けられるばかりで、エマになにも言えなかった。

 エマは少しずつ収まっていく炎を、それと同じ色をした瞳でそれを眺めている。ただ呆然と立ち尽くしているように見えるから、感情が読み取れない。

「エマ、戻ろう?」

 アリアは心配そうに声をかけた。

 だが、エマはアリアの声にすら反応しない。すべてのものを拒絶しているように見える。

 そのとき、エマに小石を投げる少年がいた。それはエマの頬にあたる。そこまで強く投げられたものではなかったが、エマは少年がいるほうとは逆向きに視線を落とす。

「エマ、大丈夫?」

 アリアは動揺を見せ、エマに言うが、やはりエマは答えない。

 それでもアリアはエマの頬を見ようとする。

「魔法使いは、この街から出ていけ」

 少年は震える声で言った。それを聞いて、アリアは少年を睨むように見る。鋭い視線に、少年は後ずさる。

「エマは魔法を使えないわ」

 アリアが言っても、少年は聞こうとしない。

「でも、マチルダの娘なんでしょ。それに、ママが言ってたんだ。その赤い目が気持ち悪いって」

 少年はエマを指さした。

 エマは少し顔を上げ、少年を見る。少年はエマの赤い目に怯え、さらに一歩下がった。

 エマはそんな反応は気にせず、小さな声をこぼす。

「貴方、怪我したことはある? 風邪を引いたことは? この街の薬はほとんどマチルダが調合してた。それをわかったうえで、貴方たちはマチルダがいらなかったと言うの?」

 マチルダを殺された悲しみや怒りが込められた声に、少年は涙を浮べる。

 少年がマチルダを殺したわけではないから、少年になにを言っても意味がないと頭ではわかっていた。だが、エマは言わずにはいられなかった。

「うちの子になにしてるの」

 少年の母親と見られる女性が、間に入ってきた。女性はエマを睨んでいる。その瞳には憎しみが込められているようだ。

 エマは、マチルダは街の大人に殺されたようなものだと思っているから、その女性に対しては、同じように睨み返す。

 女性の顔は歪み、エマを軽蔑しているように見える。

「その目、不気味なのよ。見ているだけで、呪われそう。さっさとこの街から出ていって」

 心ない言葉に、静かに視線を落とした。

 何度も聞いてきた、刃並に切れ味のいい言葉に、今回は耐えられなかったのだ。

 直接見たわけではないのに、街の人全員に、同じような目で見られているような気がしてくる。その無数の目に、エマは背筋が凍る。

「……私だって、恩知らずしかいない街にいたくない」

 その声は震えていた。

 エマはそう言い捨てると、その場を離れた。アリアはどんどん先に進むエマの背中を追う。

「エマ、いいの? マチルダと暮らしてきた街なのに」
「マチルダがいないなら、意味がない」

 アリアは思い出すらも捨てようとするエマを止めることはできなかった。

 エマは家に帰ると、非常食を入れたカバンと剣を手にすると、すぐに家を出る。

「待って、エマ。どこに行くの?」

 アリアの声を無視し、エマは足を進める。一刻も早く街から離れたいと言っているようだ。

 それでもアリアはエマを止めようとした。

「エマ、どこに行くのって聞いてるでしょ」

 何度聞かれても、エマは答えようとしない。アリアが止めようとする力は、意味がなかったのだ。

 そのうち街を抜け、森に入った。

「エマってば」

 アリアに肩を掴まれて、エマはようやく足を止める。その瞳はなにも映していないように感じる。

 それを見て、アリアも苦しくなった。だが、ここでエマと同じ状態になってしまうと、エマを守る人がいなくなると思い、しっかりしろと自分に言い聞かせる。

「エマ、少し落ち着こう? 勢いで動いてもいいことなんてないよ」

 それでもエマはなにも言わない。アリアは呆れたようにため息をつく。

「どこに行こうとしてたの?」

 もう一度、同じ質問をする。これを知らなければ、ついて行くことも連れ戻すこともできないと思った。

「……禁忌の術を使った魔法使いを、殺す」

 質問の答えにはなっていなかったが、エマの目的を聞いて、アリアは言葉を失う。

「……本気?」

 エマは頷く。その意思は固いようだ。間違いなく連れ戻すという選択をしたかったが、エマが折れることは絶対にないと思ってしまった。

「その魔法使いも、もう処刑されてるかもしれないのに?」
「まだ、処刑されてないかもしれないから」

 なにを言っても無駄だと感じた。

 そのとき、何者かの足音が聞こえた。二人は音がしたほうを見る。

 そこから、ゆっくりと三匹の牙狼が姿を現した。その目は獲物を狙っている目で、恐怖を感じたアリアは距離を取る。だが、エマは動かない。

「エマ、逃げよう」
「冗談言わないで。後ろに行けば、あの街に戻ることになる。そんなの、絶対に嫌。私は、前に進むの」

 エマは背負っていた剣を牙狼に向ける。その刀身は少しだけ震えているように見える。

 ずっとマチルダとアリアと、引きこもるように過ごしていた。そんなエマも、目の前の牙狼には恐怖を覚えていた。だが、逃げるよりもあの街に戻ることのほうが嫌で、エマは牙狼に向かっていく。

 エマが剣を振り下ろしても、牙狼は素早く逃げ、エマに襲いかかろうとする。それを剣でガードするが、その勢いに、エマは吹き飛ばされる。

 エマは背中を木にぶつけ、顔を歪める。アリアは慌ててエマのそばに行った。

「エマ、やっぱり逃げよう。私たちじゃ、あの牙狼を倒すことはできない」

 それでもアリアの声は、エマには届かない。剣を支えに立ち上がり、もう一度牙狼に向かっていく。さっきと同じように牙狼には避けられ、また襲われそうになる。

 今度はガードが間に合わず、エマは死を覚悟して、目を閉じる。

「エマ、逃げて」

 アリアが叫んでも、エマはその場から動こうとしない。

 しかし、エマにその牙が届くことはなかった。牙狼はエマの目の前で死んだのだ。

 背中に切り傷があり、視線を上げると、頬に傷を作り、手首に包帯を巻いた男が立っている。その雰囲気はまるで殺し屋のようで、エマはさっきよりも強い恐怖心を抱いた。

 男はエマが剣を持っていることに気付いた。

「お前、本当に剣士か」

 鋭い視線、厳しい言い方に、声が出ない。

「牙狼にすら勝てない奴が、この森に入るな」
「剣士を目指してるわけじゃ、ない」

 そう言うと、男はエマを睨んだ。

「じゃあ、自殺か」
「それも違う」

 街で向けられたどの視線よりも怖くて、エマは後退りをする。

「なら、どうして森にいる。ここは魔獣の巣窟だぞ」
「……カナルスカから、離れたくて」

 エマが住んでいた街、カナルスカから離れるには、今いる森を通るしかなかった。

「カナルスカは栄えた街のはずだ。それなのに、離れたいのか」
「あそこにいたくない理由ができたの」

 エマの事情を聞いて、男は少し考える。

「ついてこい」

 男に背を向けられたことで、エマはやっとまともに息ができた。周りを見れば、残り二匹の牙狼も死んでいた。男が倒していたらしい。

 たったそれだけで、エマは男の力量を信用し、ついていくことを決めた。

「エマ、行くの?」

 しかしアリアは知り合って間もない人間についていくことに抵抗があるようだ。

「この森を抜けるには、あの人の力が必要だから」

 エマはそう言って、その背中を追った。アリアは仕方ないと言わんばかりの表情を浮かべ、ついていく。

 新たな街に出るまで、二人は一言も話さなかった。その空気に飲まれ、アリアも黙っていた。