Side朝陽

「そもそも、ずっと思ってたんだけど……凪波が記憶を無くしてる……というのは、本当だと思う。でもね、それ以外が全部出来過ぎな気がする……」
「どう言うところが、出来過ぎだって言うんだよ」
「記憶喪失の凪波が現れて、うまい具合に凪波の家に連絡が行ったのもなんか変だし……」
「それは紙が入ってたから……」
「それよ」
「え?」
「その紙は誰が入れたの?」
「それ……は……」

次から次へと出てくる藤岡の指摘は、言われてみればもっともなことばかり。

「そもそも、それ以外の身分証明証が全て無くなってるのも、おかしいのよ」
「でも、そしたらあいつの……一路朔夜の所にあるんじゃ……」
「身分証明書については、仮に一路朔夜が持っていると、しよう。でもね、それだとしても。あのメモは……誰が、何のために残したの?」
「何が言いたい?」
「あのメモがあることで、おそらく病院も警察も予定よりずっと早く凪波の身元がわかったんだと思う」
「それは、良いことじゃないのか」

藤岡が言おうとしていることが、いまいち掴めない。
藤岡も藤岡で、髪の毛をかきむしりながら話しているので、とても悩んでいるのだろう。

「……それ、何のために?」
「……何のためって……」
「よくサスペンスのドラマであるじゃない?あえて想定しうる目撃者に、特定の時間帯までに必ず目撃してもらうように仕向けるトリックみたいなのが」
「まさか、そんなこと……」

考えすぎだろう、と俺は言いたかった。
でも、藤岡がメモをしたページを見ると、確かにそう考えたほうが辻褄が合うことが多い。

流産をした後、3週間以内でないと妊娠検査薬での反応は出ない。
そもそも、妊娠検査ありきで行方不明者の身元確認が行われるのか。
凪波の名前が書かれたメモは何のために?

全てが偶然だとしたら、ただラッキーだっただけ。
でも、この件はラッキーと片付けるには不自然だと……少なくとも藤岡は考えている。

「ねえ海原……」
ペンを動かす手を止めた藤岡。
何か思い当たることがあったのだろうか。

「これさ、病院……関係してないかな」
「病院?」
「そう。これ全部、凪波が入院していた病院って関係してない?」
「さすがにそれは……」

突拍子もない発想だと一瞬思ったが、言われてみるとこれらは全て病院から直接言われたことばかり。

「聞くったって……どうやって聞けば……」

そもそも誰に聞けばいいのか、と思った時に、1人の人物を思い出した。
脳の専門医で、凪波の記憶喪失が発覚した日から凪波に寄り添ってくれた2人目の主治医の、悠木清先生。

そういえば、凪波が行方不明になったという話を聞いた時に、悠木先生はいなかったから、直接話をしていない。

藤岡の意見が正しいかは関係なく、一度悠木先生とは話をしたい……。

まず、教えてもらった個人の携帯にかけてみる。
でも、どれだけ時間が経っても呼び出し音が鳴り響くだけ。留守電にすらならない。

次に、病院に直接電話をかけることにした。状況も知りたかったから。

すると、病院からは予想外の回答が返ってきた。

「……何だって?」
電話を切った俺に、藤岡が心配そうに聞いてくる。
「……東京にいるって……」
「……え?」
「凪波の主治医……今日東京に行ってるらしい……」


これは、偶然?
それとも……?