Side実鳥

海原が運転する車の中で、私は夢を見ていた。
とても懐かしい夢。
私は、今では年齢的にも体型的にも着られなくなった制服を、堂々と着こなしていた。
そして側には凪波がいて、2人でカップリング論争を繰り広げていた。
でも、その声は、小さく抑えなくてはいけなかった……。

ここは、凪波の部屋。
私の部屋には壁いっぱいに漫画本はあり、なんだったらアニメキャラのポスターも2枚くらいは貼ってある。
でも、この部屋には何もない。
統一されたベージュで、中学校の修学旅行の時に泊まったホテルと、同じに見えた。
そして、凪波がやったにしては綺麗に整頓されすぎている机と本棚。
中身は真面目な教科書や学習本だけ。

その理由はすぐに分かった。
ノックの音もなく、がちゃりとドアノブが動く音がする。
かと思えば、遠慮もなく、凪波の母親がお茶を持って入ってくる。

「いらっしゃいー実鳥ちゃん」
「こんにちは」

私が挨拶をする時、凪波はいつも無表情で黙っていた。
お茶を置いたおばさんは、すぐに立ち上がって出ていくかと思えば、凪波と私の間に座ってきて
「お勉強はどう?進んでるの?」
「最近の学校はどう?」
などと、私に向かって色々聞いてくる。
その理由は、凪波からなんとなくは聞いていたので、私は下手に何かを言うこともできず、ただ相槌を打つだけにする。

「うちのお母さん、私を自分の思い通りにしないと気が済まないみたいなんだよね」
ある日、凪波の腕に少し目立つあざを見つけた時のこと。
どうしたのかと聞いてみたら、少し反抗したら、定規で殴られたというのだ。
そんなの、読んでいる漫画だけの話かと、正直思っていた。
でも、その日以降、2日から3日に1個ずつのペースで、あざが増えていた。

「一体なんでそんなことになってるの?私がおばさんに言ってあげようか?」
一度正義感ぶって言ってみたことがあったが、それを聞いた凪波は血相を変えて
「余計なことをしなくていいから。ただの喧嘩だし」
と言った。
「でもさ、これ虐待って言うんじゃないの?」
「顔は死守する」
「そう言う問題じゃないよ!絶対痛いじゃんこんなの」
私がそう訴えかけても
「どうせ何やったってあの人には無駄だから」
とだけ。
窮屈そう。でも何かを諦めた、そんな表情で凪波は自分の傷ついた腕を眺めていた。
そんな凪波を見ているのが、当時はまだ高校生とは言え、子供ながらに苦しかったのは、覚えている。