Side朝陽
最初の目的地として決めた高速のサービスエリアに、どうにか着いた。
トイレを済ませ、自分の「凪」を使っているという、サービスエリアの名物としても有名になったというアップルパイを4人分と、りんごジュースを2人分、コーヒーを1人分買ってから、車に戻った。
別行動をしていた藤岡も戻ってきており、葉をチャイルドシートに座らせ寝かしつかせていた。
「悪い、遅くなった」
そう言いながら、コーヒーを渡そうとしたが、藤岡の席のところに封が空いていないペットボトルのカフェオレが転がっていた。
藤岡は、俺がこの時何を考えたのかを察知したのか
「ありがとう」
と嫌味の一言も言わずに手を伸ばしてくれた。
この藤岡の気配りに、俺はいつも恐縮する。
俺はりんごジュースのコップを2つ渡す。
「葉が起きたら一緒に飲むね」
そういうと藤岡は、いつも持ち歩いている大きめのトートバッグから、500mlの魔法瓶を取り出して、リンゴジュースをその中に入れていく。
きっと中身は空だったのだろう。
「いつも持ち歩いてるよな、それ」
俺が聞くと
「こういう時、便利でしょう?」
と、藤岡はさも何でも無いことのように言う。
「藤岡はすごいよな」
葉の隣の席に腰掛け、彼の頭を撫でながら子守唄の鼻歌を歌う藤岡に、全くの無意識に尊敬の言葉をかけていた。
「何が?」
「気がきくし……葉は、いいお母さんを持って幸せだな」
「父親とその親戚は、マジで最悪だけどね」
具体的に何故離婚したのか、は聞いたことはなかった。
正確に言えば、何度か離婚の理由については、他の従業員も含めたランチ時などに話題にはなってはいた。
けれど、毎度藤岡はいつも結婚相手がただ最悪だっただけと言い、それ以上は
話す気配はなかったので、従業員のおばさん達は
「実鳥ちゃん若いのにかわいそー!」
と泣きながら励まし、一方の俺は、気が利いた言葉も1つも思いつかず、いつも乾いた笑いしか返せずにいた。
今もなお、また。
そんな俺の様子を察してくれたのか
「海原のお父さんお母さんも、すっごくいい人じゃん。憧れるよ」
「いや、うちのは……」
自分の父母については、なんの不満もない。
もちろん、思春期にはそれなりに反抗期もあったが、あの2人の……のんびり……というべきか、少し天然……というべきか……そういう……なんとも言えない温かさに見守られたんだろうな、というのは、後々客観的に見れば分かる。
でも、一方でそうじゃない親子がいることも、俺は知っている。
藤岡も、誰のことを意味しているのか察したのか、ほんの小さな声で
「うん……」
とだけ言うと、俺が持っていたアップルパイの包みに目をやり
「あ、売り上げどうだった?店長さんお元気」
と、海原りんご園の広報担当の顔に変わった。
「今日もアップルパイのせいで忙しい忙しいって、嫌味を言われたよ」
「それは店長の愛情の裏返しよ〜」
「だといいけどな」
俺は、包みからアップルパイを取り出し、一口かじる。
かりっとしたパイの食感と、中に入っている「凪」を使ったりんごのソースの相性がばっちり。
俺が行った時もほとんど売り切れ状態で、今まさに新しいものを作っている、という状況だった。
自分が育てたりんごも、人間とは違うかもしれない。
でも、子どものようなものだと思っている。
だから、自分が想像もしない形で、形を変え、お客さんに喜んでもらえることが、何よりも嬉しい。
苦労が報われる瞬間だ。
そんな話を前に藤岡にしたら
「そう思うなら、立派なパパよ」
と言った。
とはいえ、その話を何故かその場でメモに残され、さらに1週間後にはサイトにでかでかと書かれていたのには、やられた……と思ったのはここだけの話。
……俺には、本物の親の気持ちは分からない。
でも、少し近いものなら、分かる……のかもしれない。
もしこの分かるという気持ちが……正しいものであれば……。
「凪波のこと、考えてる?」
藤岡が手を出しながら聞いてくる。
俺は、その意味を察して、アップルパイを渡す。
「どうしてそう思う」
「親の話になって、急に難しい顔をしたから」
「そんなに、俺わかりやすいのか?」
「1度一日中鏡の前につったって、自分の思考とその時の顔を照らし合わせてみるといいと思う」
「遠慮する」
俺と藤岡は、一口アップルパイをかじる。
甘いりんごの香りが室内に満ちる。
「凪波の親……まだあんな感じ?」
藤岡は、凪波の親友だ。
だから、凪波の家族のことも知っていた。
凪波が高校時代に話をしたのかは、知らないけれど。
俺は、苦笑するしかできない。
「いっそ私が凪波を育てるか……うん、子供1人も2人も変わらん」
「……どうせ自分推しのカップリングに教育し直すんだろ」
「海原、私のこと何だと思ってるの?」
「あーはいはい、すみませ」
「そんなの最初にやるわよ」
「…………」
俺はまた一口かじる。
ほんの少し冷めてきた。
まだ2人分残っている。
1つは葉の。……おそらく半分は藤岡の腹に入るんだろうが。
そしてもう1つは、ずっと食べてもらいたかった人の分。
俺は自信作のりんごを味わいながら、凪波の事を想った。
最初の目的地として決めた高速のサービスエリアに、どうにか着いた。
トイレを済ませ、自分の「凪」を使っているという、サービスエリアの名物としても有名になったというアップルパイを4人分と、りんごジュースを2人分、コーヒーを1人分買ってから、車に戻った。
別行動をしていた藤岡も戻ってきており、葉をチャイルドシートに座らせ寝かしつかせていた。
「悪い、遅くなった」
そう言いながら、コーヒーを渡そうとしたが、藤岡の席のところに封が空いていないペットボトルのカフェオレが転がっていた。
藤岡は、俺がこの時何を考えたのかを察知したのか
「ありがとう」
と嫌味の一言も言わずに手を伸ばしてくれた。
この藤岡の気配りに、俺はいつも恐縮する。
俺はりんごジュースのコップを2つ渡す。
「葉が起きたら一緒に飲むね」
そういうと藤岡は、いつも持ち歩いている大きめのトートバッグから、500mlの魔法瓶を取り出して、リンゴジュースをその中に入れていく。
きっと中身は空だったのだろう。
「いつも持ち歩いてるよな、それ」
俺が聞くと
「こういう時、便利でしょう?」
と、藤岡はさも何でも無いことのように言う。
「藤岡はすごいよな」
葉の隣の席に腰掛け、彼の頭を撫でながら子守唄の鼻歌を歌う藤岡に、全くの無意識に尊敬の言葉をかけていた。
「何が?」
「気がきくし……葉は、いいお母さんを持って幸せだな」
「父親とその親戚は、マジで最悪だけどね」
具体的に何故離婚したのか、は聞いたことはなかった。
正確に言えば、何度か離婚の理由については、他の従業員も含めたランチ時などに話題にはなってはいた。
けれど、毎度藤岡はいつも結婚相手がただ最悪だっただけと言い、それ以上は
話す気配はなかったので、従業員のおばさん達は
「実鳥ちゃん若いのにかわいそー!」
と泣きながら励まし、一方の俺は、気が利いた言葉も1つも思いつかず、いつも乾いた笑いしか返せずにいた。
今もなお、また。
そんな俺の様子を察してくれたのか
「海原のお父さんお母さんも、すっごくいい人じゃん。憧れるよ」
「いや、うちのは……」
自分の父母については、なんの不満もない。
もちろん、思春期にはそれなりに反抗期もあったが、あの2人の……のんびり……というべきか、少し天然……というべきか……そういう……なんとも言えない温かさに見守られたんだろうな、というのは、後々客観的に見れば分かる。
でも、一方でそうじゃない親子がいることも、俺は知っている。
藤岡も、誰のことを意味しているのか察したのか、ほんの小さな声で
「うん……」
とだけ言うと、俺が持っていたアップルパイの包みに目をやり
「あ、売り上げどうだった?店長さんお元気」
と、海原りんご園の広報担当の顔に変わった。
「今日もアップルパイのせいで忙しい忙しいって、嫌味を言われたよ」
「それは店長の愛情の裏返しよ〜」
「だといいけどな」
俺は、包みからアップルパイを取り出し、一口かじる。
かりっとしたパイの食感と、中に入っている「凪」を使ったりんごのソースの相性がばっちり。
俺が行った時もほとんど売り切れ状態で、今まさに新しいものを作っている、という状況だった。
自分が育てたりんごも、人間とは違うかもしれない。
でも、子どものようなものだと思っている。
だから、自分が想像もしない形で、形を変え、お客さんに喜んでもらえることが、何よりも嬉しい。
苦労が報われる瞬間だ。
そんな話を前に藤岡にしたら
「そう思うなら、立派なパパよ」
と言った。
とはいえ、その話を何故かその場でメモに残され、さらに1週間後にはサイトにでかでかと書かれていたのには、やられた……と思ったのはここだけの話。
……俺には、本物の親の気持ちは分からない。
でも、少し近いものなら、分かる……のかもしれない。
もしこの分かるという気持ちが……正しいものであれば……。
「凪波のこと、考えてる?」
藤岡が手を出しながら聞いてくる。
俺は、その意味を察して、アップルパイを渡す。
「どうしてそう思う」
「親の話になって、急に難しい顔をしたから」
「そんなに、俺わかりやすいのか?」
「1度一日中鏡の前につったって、自分の思考とその時の顔を照らし合わせてみるといいと思う」
「遠慮する」
俺と藤岡は、一口アップルパイをかじる。
甘いりんごの香りが室内に満ちる。
「凪波の親……まだあんな感じ?」
藤岡は、凪波の親友だ。
だから、凪波の家族のことも知っていた。
凪波が高校時代に話をしたのかは、知らないけれど。
俺は、苦笑するしかできない。
「いっそ私が凪波を育てるか……うん、子供1人も2人も変わらん」
「……どうせ自分推しのカップリングに教育し直すんだろ」
「海原、私のこと何だと思ってるの?」
「あーはいはい、すみませ」
「そんなの最初にやるわよ」
「…………」
俺はまた一口かじる。
ほんの少し冷めてきた。
まだ2人分残っている。
1つは葉の。……おそらく半分は藤岡の腹に入るんだろうが。
そしてもう1つは、ずっと食べてもらいたかった人の分。
俺は自信作のりんごを味わいながら、凪波の事を想った。