Side朔夜

「自分のことのように嬉しい」
役が決まったという連絡をもらった時、凪波はそう言っていた。
幼い頃から、セリフ一言一句暗記してしまう程、何度も繰り返す程見ていた、憧れの映画の監督だと、彼女は言っていた。

だから、このオーディションの話が来た事を話すと
「私が男だったら、死に物狂いで取りに行くのに……うらやましいな」
と、ぼやかれた。

「君が男だったら、抱けないから困る」

僕が言うと、顔を真っ赤にして
「そうやってからかうの、ほんとやめて……」
と言うのが、凪波の可愛いところ。

「ごめん、我慢できない……」
と、僕のキスから始まり、その日はソファで凪波を愛した。

一通り、彼女を貪り尽くした後、いつもならそのまま朝まで眠るのだが、この日は違った。

僕が微睡んでいる中、彼女はあっという間に僕が剥がした服を身につけて
「朔夜さん、起きて」
と僕を、勢いよく叩き起こした。

「……何?」
寝ぼけまなこで起き上がる僕に、凪波はDVDや設定集、監督のインタビュー記事を切り抜いたスクラップ記事を次々押し付けてきた。

「研究しましょう」
「……は?」

凪波の表情は、僕に抱かれている時よりもずっと高揚していた。
その時は、凪波にそんな顔をさせる監督も、映画の数々にも嫉妬した。
だから、僕に集中して欲しくて、僕は凪波の同意も聞かずに、彼女の唇を塞いだ。
そして、また彼女の服を剥がし、寝室へと抱き抱える。
凪波が押し付けてきたDVDも本の数々もリビングに置いたままで。

でも、行為が終わり、疲れ切っているにも関わらず、凪波が
「絶対見た方が良い」
「何がなんでも役を得てほしい」
「あの監督の映画に出ている朔夜さんが見たい」

と強く懇願するものだから、その後2人で凪波の1番のお勧めだと言う映画を1本だけ見た。


これが本当にアニメ?

そこには、僕が知らない世界が広がっていた。
無駄に観客に媚びるようなセリフがない。
アニメの世界であることを、見ている人間に忘れさせるほどのリアリティが細部にまで込められている。

こんな世界で、生きてみたい。
僕は心の内側から初めて、そんな風に思った。

それを凪波に打ち明けた時の、心の底からの彼女の笑顔は忘れられない。
今すぐ、あの凪波の笑顔と会いたい。