Side朔夜

あれから、共に東京に戻ってきた僕と凪波。
本当なら、すぐにでも病院に連れていき治療をさせるべきだったのかもしれない。

立ち上がって、歩く。
その動作一つひとつが緩慢で、足元がおぼつかない様子の凪波を見るうちに、言い知れない不安が、僕に募っていく。

やっぱり、病院に連れていくべきだったのか?
僕の選択は間違えていたのか?

僕は、凪波の肩を抱き寄せながら歩く。
少しでも力を抜くと、凪波はすぐにでも倒れてしまうような気がした。

すれ違う人々は、僕達の様子に気づかずさっと通り過ぎていく。
葉を隠すなら森の中、とはよく言ったもので、たくさん人がいればいるほど、一人ひとりの存在は見事に打ち消してくれる。

いつもであれば、そんな無神経さは有難いと思っていた。
でも、今日は誰か一人でいいから声をかけられたかった。

病院行きましょう?

そう、背中を押して欲しかった。
でも、誰も声をかけてこない。誰も。


「……大丈夫ですか?」
耳元で、凪波が僕に声をかける。
青ざめた顔で。

こんな顔をしている彼女に気を遣われるなんて……。
僕は、精一杯笑ってみせる。
凪波は口元を少し動かしている。
笑おうとしてくれているのだろうが、表情を変えることすらもうできない体力なのかもしれない。

これ以上歩かせるのは、無理だ。

「もう少しだから……」

と、声をかける。
その声が、自分が発した割に感情が一切乗っていないのに内心、驚いた。
スマホをポケットから取り出し、119の番号を押そうとした、その時。

「Excuse me?」
と外国人の男性に声をかけられた。
その人は、スーツケースを持っていた。

英語はそこまで聞き取れるわけではない。
でも、彼が今日泊まる予定のホテルの場所がわからなくて困っている……ということだけ分かった。
彼が探しているホテルは、調べると、ここから徒歩で2分程。
男性は凪波の様子を見て、ただごとじゃないと思ったのか、何かできることはないかといったニュアンスの言葉を伝えてくる。

僕は、この男性が神からの使者のように思えた。
まだ凪波を手放さなくても良いのだと、教えてくれるために。