Side朔夜
パシン!!!
乾いた音が響く。
僕の左頬が痛む。
「お母様!落ち着いてください!」
「おい、何をやってるんだ!やめないか!!」
凪波の母親が、父親と医師に取り押さえられている。
それで初めて、僕は自分が叩かれたことに気づいた。
「あなたなんでしょう?凪波の子供の父親は」
母親の、叫ぶような問いかけに、僕は言葉を詰まらせる。
そうだ、と思う。
そうであって欲しい、と思う。
だけど凪波は、何も言わなかった。
本当に、何も。
……本当に……そうだったか?
「凪波をこんな目にあわせて、どうしてそんな涼しい顔をしているの?」
僕の顔が、今どんな様子なのかは分からない。
口が震えていて、目が乾き、呼吸がどんどん苦しくなっているのだけは分かる。
「二度と凪波には会わせない!ここから出てけー!!!」
凪波の母親が、静止を振り切り、僕を突き飛ばす。
僕はその勢いで尻餅をついてしまう。
母親は、僕に馬乗りになってきて
「殺してやる!!地獄に堕ちろ!!!」
と僕の首に手をかけようとする。
その時になって
「おばさん!落ち着いて!!」
海原が凪波の母親を僕から引き剥がす。
凪波の母親もまた、地面に倒れ、喉から絞り出す声で泣き出した。
それからは、何を言われたのかも、何をしたのかもよく覚えていない。
僕は、面会謝絶と書かれた扉の横にしゃがんでいた。
凪波の名前が書かれた病室。
海原も、凪波の両親の姿もすでに無い。
……僕は、どこからやり直せば良い?
凪波が消えたあの日?その前日?
それとも、僕が仕事で忙しくなりすぎる前?
凪波が僕のマネージャーをやめる前?
声優を辞める前?
……僕が好きだと言う前……?
戻りたい。戻したい。
許されるなら、記憶を無くす前の凪波に、もう1度会いたい。
凪波が記憶を無くした原因が僕だとしたら……僕は何をすれば良かった?
教えてくれ、凪波……!
がん!
重い音が、廊下に響く。
僕はやりきれない感情を少しでも発散したくて、扉を殴ってしまった。
……それでも、何も変わらない。
言葉にならない叫びが、腹の底から生まれてくる。
「凪波……」
どうにか振り絞って出した、彼女の名前。
扉の向こうに、届く気がしない。
ふと、静寂が走る。
スマホのバイブレーションの音が鳴る。
事務所の番号だった。
すでに何十回と、着信が残されていた。
「どこにいるの?」
マネージャーの声が、残酷に、僕を現実に引き戻す。
「プライベートは口出すなって言うのはわかってるけど、今日の夜は、大事な仕事があるのよ」
世界的に有名な映画監督のアニメ映画。
主役ではないが、重要な役。
凪波にも練習を付き合ってもらって手に入れた、重要な役。
役をもらったと連絡を受けた時、凪波は自分のことのように喜んでくれた。
「ねえ、準備できてる?」
急かすマネージャーの声が、耳に突き刺さる。
顔を上げて、もう1回扉を見る。
一路朔夜としての顔をつぶすわけにはいかない。
一路朔夜を汚してはいけない。
それが、毎日僕に言い聞かせていた、凪波の言葉。
呪いのように、頭の中で繰り返される。
どんなに心が拒否をしたくても、君が植え付けた一路朔夜としての理性が、僕をここから遠ざけようとしている。
ねえ、凪波。
記憶喪失という現実が残酷なの?
それとも、君が残酷なの?
君は、どちらだと思う?
パシン!!!
乾いた音が響く。
僕の左頬が痛む。
「お母様!落ち着いてください!」
「おい、何をやってるんだ!やめないか!!」
凪波の母親が、父親と医師に取り押さえられている。
それで初めて、僕は自分が叩かれたことに気づいた。
「あなたなんでしょう?凪波の子供の父親は」
母親の、叫ぶような問いかけに、僕は言葉を詰まらせる。
そうだ、と思う。
そうであって欲しい、と思う。
だけど凪波は、何も言わなかった。
本当に、何も。
……本当に……そうだったか?
「凪波をこんな目にあわせて、どうしてそんな涼しい顔をしているの?」
僕の顔が、今どんな様子なのかは分からない。
口が震えていて、目が乾き、呼吸がどんどん苦しくなっているのだけは分かる。
「二度と凪波には会わせない!ここから出てけー!!!」
凪波の母親が、静止を振り切り、僕を突き飛ばす。
僕はその勢いで尻餅をついてしまう。
母親は、僕に馬乗りになってきて
「殺してやる!!地獄に堕ちろ!!!」
と僕の首に手をかけようとする。
その時になって
「おばさん!落ち着いて!!」
海原が凪波の母親を僕から引き剥がす。
凪波の母親もまた、地面に倒れ、喉から絞り出す声で泣き出した。
それからは、何を言われたのかも、何をしたのかもよく覚えていない。
僕は、面会謝絶と書かれた扉の横にしゃがんでいた。
凪波の名前が書かれた病室。
海原も、凪波の両親の姿もすでに無い。
……僕は、どこからやり直せば良い?
凪波が消えたあの日?その前日?
それとも、僕が仕事で忙しくなりすぎる前?
凪波が僕のマネージャーをやめる前?
声優を辞める前?
……僕が好きだと言う前……?
戻りたい。戻したい。
許されるなら、記憶を無くす前の凪波に、もう1度会いたい。
凪波が記憶を無くした原因が僕だとしたら……僕は何をすれば良かった?
教えてくれ、凪波……!
がん!
重い音が、廊下に響く。
僕はやりきれない感情を少しでも発散したくて、扉を殴ってしまった。
……それでも、何も変わらない。
言葉にならない叫びが、腹の底から生まれてくる。
「凪波……」
どうにか振り絞って出した、彼女の名前。
扉の向こうに、届く気がしない。
ふと、静寂が走る。
スマホのバイブレーションの音が鳴る。
事務所の番号だった。
すでに何十回と、着信が残されていた。
「どこにいるの?」
マネージャーの声が、残酷に、僕を現実に引き戻す。
「プライベートは口出すなって言うのはわかってるけど、今日の夜は、大事な仕事があるのよ」
世界的に有名な映画監督のアニメ映画。
主役ではないが、重要な役。
凪波にも練習を付き合ってもらって手に入れた、重要な役。
役をもらったと連絡を受けた時、凪波は自分のことのように喜んでくれた。
「ねえ、準備できてる?」
急かすマネージャーの声が、耳に突き刺さる。
顔を上げて、もう1回扉を見る。
一路朔夜としての顔をつぶすわけにはいかない。
一路朔夜を汚してはいけない。
それが、毎日僕に言い聞かせていた、凪波の言葉。
呪いのように、頭の中で繰り返される。
どんなに心が拒否をしたくても、君が植え付けた一路朔夜としての理性が、僕をここから遠ざけようとしている。
ねえ、凪波。
記憶喪失という現実が残酷なの?
それとも、君が残酷なの?
君は、どちらだと思う?