Side朝陽

声の主を見て、俺は安堵した。
凪波がこの病院に運ばれてきた時、主治医ではなかったものの、脳の専門医ということで色々と話を聞いてくれた、悠木先生だった。
先生は、ほんの少し疲れた顔をしていた。

「今日は先生がいらっしゃったんですね」
「たまたま夜勤だったんですよ」
と、悠木先生は苦笑いした。
俺も、つい釣られて苦笑いをしてしまう。

「実は、丁度皆さんに連絡しようと思っていたところだったんです」
と悠木先生が続けて言う。
「と言いますと?」
「例の原因について、少しわかったことがありまして……」
「ああ……」
先生が意味しているのは、記憶喪失の件だろう。

凪波が退院した後も「分かったことがあれば共有する」と、とても親身になってくれていた。
「もしかすると、急に畑野さんが倒れたことも、関係しているかもしれません」

急にロボットの電源が切れたかのように、突然動かなくなった凪波。
その直前には倒れる兆候すら一切無かった。

あの原因と、記憶喪失が繋がっている……だと?

「悠木先生!」
このタイミングで、凪波の両親が、大きな荷物を抱えて走ってきた。
入院になるかも……というのはすでに俺から話をしていたので、着替えなどだろう。
「おじさん、おばさん!」
「凪波は無事なんですか!?」
血相を変えた様子で、おばさんは悠木先生に詰め寄る。
「お母さん落ち着いて」
「落ち着いてなんかいられますか!頭から血がいっぱい出ていたんですよね!」
「額が切れていましたが、怪我については心配はないでしょう」
「適当な事言ってるんじゃないでしょうね」
「CTも撮りましたが、脳内出血も起こしてないようでした。念のために2〜3日入院して検査は受けていただきますが……」

そこまで悠木先生が言ったことで、ようやく安心したのだろう。
今度は力が抜けたような声のトーンで
「そしたら、今あの子はどこに……」
とおばさんは聞いた。
「病室に運びました。今は眠っています」
悠木先生のその言葉によって、おばさんだけでなく、おじさんも安堵の表情を浮かべた。
「今日、あの子には会えるんでしょうか?」
とおばさんが再び聞く。
「この後ご案内いたします。でも……」
周囲を見渡しながら、悠木先生はさらに言葉を続ける。
「先に、皆様に娘さんについてお話をしたいことがありますので、このまま先に僕の診察室に来ていただけませんか」
「わかりました」
とおじさんが言い、俺が頷いた時だった。
「ちょっと待って」
おばさんは、力なくソファに座っている一路朔夜に気づいた様子だった。
「あなた……誰なの……?」
一路朔夜は、何も答えない。
空な表情をしている一路朔夜が、今何を考えているのかは皆目検討がつかない。
が、おばさんが何を考えているのかは……分かる。

俺が話した電話の内容と、一路朔夜を脳内で繋げたのだろう。
その声色に、憎しみが宿っていた。

おばさんが、一路朔夜の肩を掴み、揺さぶり始める。
「答えなさい!あなた、一体誰なの!?」
「やめないか!」
おじさんがおばさんの動きを静止しようとするが、おばさんが揺さぶりを止めない。

「皆さん!」
悠木先生が、手を2回ほど叩き、
「さ、診察室に。ここにいる皆さん全員、お越しください」
と言って、その場をおさめた。

本来であれば、凪波について話を聞くべき人間は凪波の両親と、婚約者の俺だけだ。
だが、悠木先生は、一路朔夜にも来るように言った。