Side朔夜

ためらいもなく、地面に崩れ落ちた凪波。
そうだ……こういう動きを見たことがある。
糸が切れた、マリオネットだ。

「凪波?」

どんどん彼女の頭を中心に、鮮血の海が広がる。
無意識に手を伸ばしていた。
救わなくては。
血を止めなければ。

「触るな!!」

海原が吠える。

「……いや……でも血が……」

なぜ、こいつは凪波を救うのを止める?

「……頭打ってるから、動かしたらやべえだろ」
「あ、そうか」

至極簡単な理由だった。
僕は、そんなことに思い至ることも出来ないほど、動揺をしていた。

救急車の中で、海原はずっと凪波の手を握りながら声をかけていた。
それだけでなく、救急隊員からの質問にテキパキと答える。

もしも自分だけがこの場所にいたら、僕は海原のように凪波について答えることができただろうか。
少なくとも、僕に彼女が教えてくれたことは、海原が知っているような内容はない。
それほどまでに、凪波は僕に彼女自身の事を教えてくれなかったのだと、改めて思い知る。
僕は取り乱し、ただ凪波が目を覚ます事を祈るしかできない。
でも海原は違った。

「すみません、手続きをお願いしたいんですけど……」
と病院のスタッフらしき人間に声をかけられるとすぐに
「わかりました」
と、対応する。

その後も
「あいつの親に連絡する」
と一言残し、海原は一度病院の外に出た。

物語の中では、ただ心配している様子しか見せない。
僕もそういう演技しかしない。
そういう、観客が求めるリアルに答えるのが虚構の世界だ。

凪波は倒れ、病院に運ばれた。
それに必要な事務手続きというのは確かにあり、それをこなすことが現実のリアルに求められている。

僕には、そのリアルに答えることができない。
でも、海原は、そのリアルに素早く答えることができる。

ただ、悔しい……という言葉では収まりきらない。


海原が無言で戻ってくる。
スマホをそのまま握りながら、僕の横に座る。
それと同時に、スマホのバイブの音が虚しく響く。
海原のスマホは、静かだった。


「……出ろよ」
海原が僕を促すが、僕はその音の理由を知っているので、そのまま無視をする。
午後に入ってすぐ、レギュラー番組のアフレコがある。
僕が主演の作品。
その入り確認のための連絡だ。

このアフレコに間に合わせるためには……ここにいられる時間はごく僅か。
でも今はまだ……。


扉が開く。
包帯をていねいに巻かれた凪波が、ストレッチャーに乗せられ病室に連れていかれる。
「凪波!」
追いかけようとした。
それは、海原も一緒だったのは、目を見て分かった。
看護師が足早に曲がり角に消えていく。
とにかく追いかけよう。
そう思った時。

「失礼します。ご家族の皆様ですか?」
背後からゆるりとした雰囲気の声が聞こえる。
振り返ると、医師らしき人間が、僕達を見ながら微笑んでいた。

「先日は……どうも」
海原が挨拶をする。……知り合いなのか?
「こんにちは。海原くん。そして……こちらの方は、初めましてかな」
彼は、自分の下げている名札を僕に見せる。



「初めまして。脳外科医の悠木と申します」