Side朝陽

救急車が来た。
意識を失ったままの凪波は、救急隊員達のテキパキとした処置によって応急手当てを解こされ、ストレッチャーに乗せられる。
俺と一路朔夜は、互いに言葉を交わさなかったが、そのまま救急車に共に乗り込む。

行き先は、凪波と再会したあの病院だ。

「何がありましたか?」
「何があったの!?」
怪我の状態を見ながら、救急隊員はもちろん、母も聞いてきた。
……俺の方が、その答えを聞きたい。

病院に着いてから、凪波は一刻を争うかのように処置室に運ばれ、俺等は待合室で待つように指示された。
その後すぐ俺は、病院の受付にいくつか質問をされた。
その間だけは、冷静に聞かれたことには答えられていたが……。

倒れていく凪波の「無の顔」と、倒れる前の凪波の「女の顔」が交互にフラッシュバックするたびに、心から無性に叫び出したくなる。


「もしもし」
俺は、凪波の実家に連絡をする。
出たのは、おばさんだった。
「凪波が病院に運ばれました」
俺がこう言うと、電話越しで何かが倒れる、もしくはぶつかるような音がした。
おばさんの動揺の表れだ。
「何があったの!?」
「わかりません。ただ、急に目の前で倒れてしまって……俺もどうしたらいいか……」
「お父さん起こして、すぐ行くわ。朝陽くん、本当にありがとう」
「いえ……」
「朝陽くんがいてくれて、本当に良かったわ」

そうだ。俺は、家族が認める凪波の婚約者だ。
俺こそが、正式な凪波のパートナーだ。
だから、凪波の気持ちも、凪波を愛しているとほざく別の誰かが出てきたところで関係ない。

「……おばさん……驚かないで聞いて欲しいんだけど……」
これをこの時に言うのは、もしかすると卑怯者のすることかもしれない。

「凪波の子供の父親、ここにいるかも」
「なんですって!?」
「凪波をおいかけて、昨日こっちに来たらしい……」
「なんとおぞましい……」
「もしかすると、凪波が倒れたのはこいつがきたせいかもしれないけど……」
「凪波に会わせないで!二度と!追っ払って!」

一路朔夜は、俺達の世界にとっては異物だ。
そして俺こそが、凪波の周囲に認められた、正真正銘のパートナー。

わかるか、一路朔夜。
どんな経緯があるにせよ、もう凪波は、お前には返さねえよ。
俺は徹底的に凪波の鎖をも味方につける。