Side朝陽

今、こいつが話している人間は、本当に凪波なのか?
凪波が普段話していたのは、決して演劇論なんかではない。

カップリングがどうの……見ているドラマ読んでいる漫画の続きはどうの……推しキャラがどうのとか……。

演技の天才とも、声優会の次世代の宝とも言われている目の前の男に説教をできるような人間なんかじゃない。

こいつが話をしているのは、一体誰なんだ……?

「なあ、話を遮るようで悪いんだが、やっぱりあんたが探している凪波は別人じゃないか?」
「何故……そう思う?」
「……俺が知ってるあいつは……」
どう言えば俺が抱えた違和感を正確に伝えられるんだろうと悩んだ。
でも、所々のエピソードには、凪波を感じる。
窓の外をじっと見つめるところ。
好きになった本は、ボロボロになるまで読み続けるというところ。

俺が知っているあいつと、こいつが知っているあいつ。
重ならないようで重なる。
重なるようで重ならない。

なあ、凪波。
お前、本当に東京で声優なんかしてたのか?

「あいつ……本当に声優やってたのか?」
少なくとも、俺や藤岡は、何度か凪波の名前をネット検索したことがある。何かあいつに繋がるヒントが出てくるかと思って。
でもSNSの情報すら、拾うことができなかった。

一路は俺の表情から読み取ったのだろう。
「凪波は違う名前でやってたからね」
「……その名前は……?」
「畑野実波」
「実波……」
「確か……親友からインスピレーションを得た……と、言っていたな。果実の実と、凪波の波を漢字で使っていた」

それは藤岡のことだろう。
でも、それだけではないだろう。
あいつは窓の外をずっと見ていた。
窓の外は、南。
そして、この場所から東京は南にある。

……なあ、凪波。
お前が、俺たちを捨てていった南で、何を見てきたんだ?
何をしてたんだ?

できれば、お前の口から、聞きたかったよ。