Side朔夜

電車が来た。
僕の最寄駅に行く電車。
でも僕は、その場から動かない。

「電車、来ましたよ」
彼女が聞く。
「そうだね」
僕は答える。その場から動かずに。

プルルルルルル

発射音が鳴り終わり、ドアが静かに閉まってく。
「あの……」
彼女が僕に何かを尋ねようとするのを
「送る」
と遮る。
「……え?」
「近くまで……送るから」




僕は、24時間営業のファミレスにいる。
ドリンクバーのコーヒーが2つ、湯気を立てている。
そして、目の前で彼女が本を読んでいる。
それは、とても分厚い。

「ねえ……畑野……さん?」
「何ですか」
台本から目を離さずに彼女は答える。
「……僕のことは良いから、家、帰って?」
そう聞いても、彼女は何も言わない。

あれから、彼女の家の最寄駅まで電車で一緒に行った。
ただ、最初からどの駅なのかを聞いておけば良かった……と後悔したのは後の祭り。
せいぜい20分くらいだろう。
それくらいなら終電に間に合う。

……そう思っていたが、電車にゆられたのば、3倍の60分。
電車を降りる時、すでに戻る電車の終電が終わっていた。
ちなみに……その間、僕は彼女と一言たりともしゃべっていない。

「どうするんですか?」
彼女が聞く。
どうせなら彼女の家まで送ってから
「ファミレスか漫喫でも行くわ」
と答えれば良かったのかもしれない。
でも先に、駅の改札を出てしまったタイミングでそれを言ってしまったので
「私も行く」
と彼女が続けた。

そういう流れで、今こうして彼女と二人きりでファミレスにいる。
「あー……なんか食べる?フライドポテトとか」
と聞いても
「この時間は食べないので結構です」
と即答されたので、二人でドリンクバーのみ。
僕はコーヒーをすすりながらじっと彼女を見る。

さっさと一人で家に帰れば良かったのに、どうして僕に付き合ってファミレスにいるのだろうか。
僕は、彼女と話したい。
彼女も、僕と話したいと思ってくれたから、残ってくれたのではないだろうか。

でも何を、どう話しかければいいのだろう。
これまで話しかけられることが多かった。
だから、話しかけるというきっかけを掴むのが、こんなにも難しいとは思わなかった。

それから、どれくらいの時間が
「……あの」
彼女が声を発する。
「そんなに見られるとさすがに恥ずかしいです」
「あっ、そんなつもりじゃ……」
僕は急いでコーヒーを飲み干してしまう。

わかりやすく、自分が緊張しているのがわかる。
どうしよう……何か会話を……。
そう思っていると
「お気になさらないでください。読みたい本があったからです」
と彼女は言う。
そしてまた、本に目を落とす。

読みたい本があるからと、僕に付き合う必要はないのに……。
僕は、本より自分を見て欲しいと、この時ふと欲が出た。
「何の本を読んでいるの?」
と、苦し紛れに聞くのが精一杯だった。

でも結果的に、それが良かった。