Side朔夜

海原は言葉を続けた。
「あいつの中に、お前はいない」

その断定が、ひどく重い。
「あんたが知ってる凪波が、あいつと同一人物だとして、だ……もう、そいつは消えたんだ」

「だから、あんたがあいつを連れて行こうとしても、無理だ……。」
「彼女の記憶が無くなった理由は……なんだ……」
「…………さあな」
「知ってるなら答えろ!!」
「知るわけねえだろ!」

海原が吠えるように叫ぶ。

「あいつが、東京にいたのなんて……可能性は考えちゃいたが、あんたから今聞いてやっと知ったんだ!あいつが10年何をしていたかなんて、ここの人間には分からねえんだ!」

ローテーブルを海原が蹴る。
衝撃で、カップが倒れ、紅茶の海がローテーブルに広がっていく。
その海に映る海原の顔は、何かに縋りたいと願っているかのように、一瞬だけ見えた。

「なあ……あいつ……東京で一体何してたんだよ……」

ライバルにもなる相手だ。こ
本当なら教えてやる義理はないだろう。
でも、僕も情報を得る必要はある。
だから……。

「………僕と彼女が初めて会ったのは、東京のスタジオだよ」

ほんの少しだけ、彼女と僕の昔話を、この男に聞かせてやろうと思った。