Side朔夜

「凪波なら……できる……」
僕に演技というものを教えてくれた凪波なら、それくらいの演技は容易い。
しかし、海原には皆目検討がついていないらしい。
困惑した表情を浮かべる。

「……あいつは東京で何をしていたんだ」
「君こそ、彼女から何も聞いてないのか」
海原が、大きく深呼吸をした。目線はローテーブルに置かれた紅茶を見ている。

「……凪波と、5年前に会った。……そう言ったな」
「……ああ……」

何故、そんなことを確かめるように聞くのだろう。

「もし、その話が本当だとしても……今の凪波は、あんたを知らねえよ」
「どういうことだ……!?」
「凪波は、半年前……あのホームで見つかったんだ……」

半年前……。
凪波が消えた時期とやはり一致している。

「ホームで……見つかった?」
海原の言い方が気になった。
「そうだ」
「……自分で帰ってきたんじゃなかったのか……?」
「……あいつの実家に病院から連絡があったんだ。……意識不明だってな」
「……!?」

意識不明……!?
凪波が消えた日の後で、何かがあったのか……!?

「どこか怪我をしていたのか!?」
「怪我は……してなかった……けど……」
海原が、言葉を飲み込んだ。
何かを……隠している……?

「一体、何があった!?」
「そんなもん、こっちが聞きてえよ!!」

海原が声を張り上げた!
目に涙を浮かべているかのようにも見えた。
海原は、手で目をこすりながら、落ち着きを取り戻したかのような声で話を続ける。

「……病院で目を覚ました時、あいつは、高校の卒業式の日以降の記憶は全部消えてんだよ」
「なんだっ……て?」
「……つまり、5年前に出会ったっていうあんたのことは……あいつの中には存在してねえってことだよ」
「……嘘言うなよ……僕と凪波を引き離したいからって、そんな嘘通じるわけ」
「逆に聞くがな……」

僕の疑いを遮るように、海原が話を続ける。

「あんたが知ってる凪波が、本当にあいつだったとして……だ。あいつは、あんたにわざわざ記憶がないフリをするようなやつなのか?」

「……違う……」

凪波は、教えてくれないことは多かったけど、僕を騙すようなことはしない。

「俺だって、病院で久しぶりに会ったときに……あんたは朝陽じゃないって言われたからな……。あいつの中には、まだ高校生の時の俺の方が、強いんだ……」

海原は、カップを手に取り紅茶を一口飲んだ。
僕も、カップに口をつけた。
少し、苦かった。