Side朔夜

僕達は、そのまま駅に併設された駐車場まで連れて行かれた。
そこには、以前仕事でナレーション録りした、世界的有名がメーカーが出している高級車があった。
凪波は何も指示されずとも、自然と助手席に乗りこんでいた。
そして僕はというと、海原にドアを開けられて「乗れ」と後部座席に乱暴に押し込まれた。
車のシートは皮でできていて、人間工学が存分に使われていると言えるほど、座り心地は、よかった。

話の続きは、海原の家で……ということになった。
予約していたホテルはキャンセルした。

海原が運転席に座ると同時に凪波にスマホを渡す。
「もう、使い方覚えたか?」
「たぶん……」

……使い方を覚えた?
……どういうことだ。
凪波は、確かにスマホは使っていた。
何故なら僕が買い与えたから。

「あ、お母さん……私……うん……」
凪波が話し始めた。
「今日、帰れないかも……そう……朝陽と一緒……うん……え?だからそうじゃないって!なんでそう言う言い方するの!?
凪波の声のトーンに怒りが混じっている。
「わかった!わかったから!切るから!」
電話を切る凪波の表情は、とてもうんざりをした様子だった。

僕が知っている凪波は、こんな風に、負の感情を表に出すことはなかった。
実家と折り合いが悪いから家を出た……という話は聞いたことは、あったと思う。
でも、実際の親がいない僕には、その意味をきっと正確には理解できていなかった。
そういうものなのか……と思ったくらいだった。

ふう……と凪波が大きくため息をついた。

「おばさん、なんだって?」
海原が聞く。
「……あー……なんでもない。朝陽の家に泊まることはOKもらった」
凪波が答える。
「ん、わかった」
海原はそう言うと、アクセルを踏んだ。
凪波は、窓の外を眺め始める。
僕とは、1度も目を合わせはしなかった。
ラジオの音だけが、空間に広がっていく。

車に揺られながら、僕はさまざまな違和感について再び考える。
仮説は……できた。
この後、海原の家で問いただす。
こいつが何か関係しているのだと、僕の第六感が言う。

凪波の方をちらと見る。
凪波は、僕の方を見ようとしない。
窓の外を無感情に眺めている。

こんな目をした凪波は、たまに見たことがあった。
遠くに言ってしまうのではないか……と怖くなった僕は、そう言う時凪波を強く抱きしめた。

「どうしたの?」
凪波が訪ねて
「君が消えそうだと思ったよ」
そう僕が答える。
「消えないよ。おばけじゃないんだから」
と凪波が笑う。

そんなやり取りは何度となく繰り返された。
でも、結局君は僕の前から1度は消えた。
つまり、その時の僕の予感は、当たってしまっていたんだ……。

今は凪波を抱きしめられる位置に座れない。
じっと凪波を見つめるだけ。

この地に来て1番最初に探していた君に会うことができたんだ。
これはもう、僕と凪波が再会することが、神ですらも応援している……ということだよね。
ただ……思いもよらずに核心……海原朝陽とも接触してしまったのは少々想定外ではあったが……でも、好都合でもある。
さっさと話を終わらせて、凪波を連れて東京に帰らなければ……。

凪波の薬指の指輪を、早く交換してしまいたい。
車は、まだ走っている。
その時、僕が先日出した曲が、ラジオから流れた。

凪波はその声を聞いたとき、僕の方を初めて振り返る。
驚いた表情で。

ねえ凪波。知ってる?
この曲は、僕が自分で作詞をしたんだ。
君への想いをこめた、君へのプレゼントにするはずだった曲。
ランキングで、初めて1位を取ることができたんだよ。
でも、そのランキングが発表された時、君はもう、僕のそばにはいなかったんだ。

ねえ凪波。今、この曲を聞いてどう思った?
それとも、この曲を聞いても僕のことをわかってくれないほど……。
君は僕のことを忘れてしまったというの?

そんなの、許さない。


車は、まだ進んでいる。