お願い、私を見つけないで 〜誰がお前を孕ませた?/何故君は僕から逃げた?〜

Side悠木

「言っただろう。宮川のりえは電車に飛び込んだんだ。そんな人間の体がどんなことになるか、想像くらいできるだろう!?」
「何言って……」
「お前が考えた方法では、結局凪波は救えないってことだよ」

それはつまり。
自分だったら凪波さんを救えると海原君は考えた上での、最後の宣戦布告なのだろうか。

……なんて、幼稚なんだろうか。

「結局海原君……君は、最後まで冷静にはなり切れなかったね」

少し考えれば分かることだ。
一路朔夜が全国発信をしている最中に電話をかけてしまうことのリスクを。
きっと、彼女が側にいれば、誰よりも早くそのリスクを指摘されて、後戻りができたはずなのに。
でも、そのチャンスを君は自らの手で握りつぶしたんだ。

「本当に、君は最後の最後まで私の思い通りに動いてくれる」

一路朔夜の生放送は、少々想定外な結果を生み出しもしたが、彼もまた着実に私が用意したゴールに向かってくれている。


……言葉なんて。
……約束なんて。
空気よりもずっと軽いもの。
だから雲よりも簡単に創れてしまう。
広まってしまう。
形はあっという間に、変異してしまう。
変異したら誰も止めることができないし、止まらない。
勝手に消えゆくまで。
それは、1秒後かもしれないし、100年、もしかするとそれ以上経っても消えないものかもしれない。
言葉を生み出した者がアンコントローラブルな状態となってしまう。

そうして、いつしか言葉はモンスターとなり、時には命をも奪う。
誰もが意図しない形で。


「凪波さん、すまないね」


君には心から申し訳ないことをしたと思っているよ。
せめて私が、一路朔夜と海原朝陽を説得し、君の心をこのまま眠らせることができれば、これ以上君がこの世界の悪意の渦の被害者になることはなかったのに。



君はまた、デジタルタトゥーの歴史に刻み込まれてしまった。
それも、最も愛した人の手によって。

……なんて、哀れだ。

それから逃れたくて。
そうさせたくなくて。
君は彼のために逃げてあげたというのにね。


「もし、雪穂として蘇ってくれるのならば、私がこの体をどんな現象からも守ってあげたというのに」


その時は、矢部……悠木雪穂として生きてもらうことになったけれど。

まあでもそれは、もういい。
私にはまだカードはいくつも残されているのだから。


「せめてもの償いは、させてもらうから」

一生死ぬまで、幸せでい続けられる魔法をかけてあげる。
そのために、私はメスを持ちながら、私はスマートスピーカーの音量を上げる。
この部屋の音は海原君には聞こえないが、私には2人の声が聞こえる。
もちろん、意識はないとはいえ、まだ脳が生きている凪波さんにも、届いているかもしれない。
認識できる状態かは、分からないが。


「海原君は、私がまさか自分の会話を私たちに聞かれているなんて、夢にも思ってないんだろうな……」


彼らの会話が、理性が徐々に失われていく様子を耳で感じながら、私は1つの可能性を完全に諦めた。