お願い、私を見つけないで 〜誰がお前を孕ませた?/何故君は僕から逃げた?〜

Side朝陽

「今、死んだって言ったのか?宮川のりえが?」

一路は、まるで今まで知らなかったかのような声を出した。
俺には、それが一路の本心なのか、演技なのかは分からない。
俺の方からは、一路がどんな表情をしているかは放送を通じて見えているが、それでも判断がつかない。
まだ、今朝2人で凪波のことを話していた時の方が、人間だと思った。
でも今の一路はもう、その時の一路とは違う。
俺への敵意を剥き出しにしたり、凪波を思って泣いていたあの一路を見た時は、俺と同じ人間なんだなと思った。
だから、もしかしたら、分かち合えるかもしれないなんて、ほんのちょっぴり考えてしまった瞬間もあった。

けれど。

「電車に飛び込んだらしい」
「え?」

こんな会話を繰り返す中で。

「お前がこの生放送を始めてからどれくらい経った?」
「急になんだ」

俺は、色々な情報を与えられたというのに。
悠木先生からも、SNSに書き込む奴らの動きからも。
確かに学んだはずなのに。
こうして、俺が何かを言わないといけない、発信しないといけないタイミングになると、それらがすっぽり抜けてしまう。
そして、俺の心から湧き上がってきたのは……。

「お前がこの生放送でやらかしたことはなんだ?」
「……何が言いたい」

お前は、凪波が暴力を振るわれた動画を勝手に流したんだ。
お前が発信したことで、凪波の過去がSNSに漏れたんだ。
お前のせいで、凪波があんな状態になってまで隠したかったはずのことを、曝け出されたんだ。

お前なんかのために、凪波は……凪波は……。

「お前は……凪波からもらったその演技力で、人を殺したんだ」
「だったら何?」

そうだ。
俺が一番許せなかったのは。
一路が凪波にあんなに愛されていたにも関わらず。
凪波の愛情の証拠である類まれなる演技力を使って、人の命を奪うように唆したことだった。
それなのに、一路は、さも当然といった顔をしてそれを武器にしたんだ。
全て、凪波が自分の夢を託すために授けた、凪波の血を吐くほどの努力の結晶だったというのに。

「じゃあ、その体があれば、大丈夫じゃないか」
「一路……」
「もう、宮川のりえの体は奴のところに行ったのか?だから君は知っていたということだろう?」
「おい……!」
「悠木に言ってくれ。凪波を目覚めさせてくれと。どんな凪波でも僕は受け入れるから、宮川のりえを代わりに使ってくれと」
「聞け!一路!」

一路が今、宮川のりえのあまりにも早い自殺に対して何をどう思っているかなんて関係ない。

一路がした全てが凪波に繋がってることが何より許せない。

最終的に辿り着いたのは、こんなことでしかなかった。
でもそれが、俺にできる全てだ。

凪波はもう、手術をされている。
悠木先生の手によって。
どんな姿になろうと、俺は必ず凪波を受け止めてみせる。
でもそこに一路。
お前はもう、入ってくるな。


「言っただろう。宮川のりえは電車に飛び込んだんだ。そんな人間の体がどんなことになるか、想像くらいできるだろう!?」
「何言って……」
「お前が考えた方法では、結局凪波は救えないってことだよ」

この気持ちが一般的な正義感から来ているのか、それとも一路と凪波の関係に激しく嫉妬しているのかも、もう……どうでもいいと、思わなくてはいけない。

過去はもう、変えられない。
でも未来は変わる。

変わるべき未来のためにはもう2度と、一路朔夜と凪波は交わらせない。