Side朔夜

予想していなかったわけじゃない。
むしろあの男なら、これを仕向けることくらい、想定はできた。
あの男……凪波の脳をいじくり回し、凪波から僕の記憶を奪った悠木は、僕とどこか似ていると……心の片隅で感じていた。

だから、僕だったらどうするかを考えた。
僕がもしこの放送を聴く側だったとしたら。
僕のライバルが、この放送をしていたとしたら。
そいつが……愛する人の悲鳴を世間に晒すようなことをしたなら。
僕なら、どうしただろう、と。
そして、1つの仮説に辿り着いた時に、僕はその仮説が現実になるように仕向けた。

もし、彼が放送を聴いたとしたら。
どんな放送を聴いたとしたら。
彼は、僕の思った通りに動いてくれるだろうか、と。

そして僕は、その目的のために……愛する凪波が苦しむ様子をわざと流すことにした。
凪波の苦しむ声1つとっても、僕だけのものにしたかった。
もしこれが普通の状況だったら、僕は決してあの凪波の声を表には出さなかった。
あの音声も、凪波本人も……この部屋に鍵を何重にもかけて、閉じ込めてしまいたかった。
でも、今は一刻を争う。

だから、早く現れてほしかった。
トリガーを引く存在が。
できれば、それが彼であって欲しいと、願った。
そして、その願いは簡単に叶った。


「みんな殺してやりたい。お前も」

そのコメントを見た瞬間、僕はあまりにもおかしくて笑ってしまった。
このコメントを書き込んだやつは、きっと気づいていないのだろう。
自分のアカウント名が本名になってしまっていることを。
だから、書き込んだ瞬間、本名がこの放送を全世界に配信されてしまったことを。

……恐らく、彼はネットというものに慣れていないのだろう。
それでも、リスクヘッジなど考える余裕もない程に、こんな投稿をしたということは……あの音声がどれだけ彼の殺意に火をつけたのか……ということがよくわかる。


今の僕には、その明確な殺意こそが必要だった。
僕以外の人間が口にすることを望んだ。
その人間は彼……海原朝陽であって欲しいと……思ってしまっていた。
そしてそれは「asahikaibara」というアカウント名の人間が現れたことで、叶ってしまった。
こんな名前、きっとこの世界で2人と存在しないだろうから。


「早速いくつかコメントを拾ってみましょうか」


ここでようやく僕は、濁流の中から石ころを拾うように、適当にコメントを拾う。
僕が読んだコメントに対するレスが、またコメントにつく。
そんなループをある程度作ってから、とうとう僕は、本当に読みたかったコメントを、1番丁寧に読んだ。


「みんな殺してやりたい」


僕がそう囁いた時。
コメント欄が待ってました、と言わんばかりに「殺」の文字だけで埋まった。