Side朔夜

ーー次はー……

電車のアナウンスが聞こえる。
少し訛りがある。
気がつけば、だいぶ遠くの駅まで来ていたらしい。

「しまった……」
眠ってしまっていたらしい。
この時間を手に入れるために、だいぶ無理をしたからだろうか。
……手元に違和感がある。

スマホがない……!?
どこにいった!?
僕が焦っていると……

「あの……これそうですか?」
30代くらいの女が、声をかけてきた。
少し、疲れてそうな様子の、その女が持っていたのは、確かに僕のスマホだった。

「ありがとうございます」
と言って受け取ろうとした時

「ママー!!!」
男の子が走り回りながら、大声で走っている。
おもちゃの剣を振り回しており、他の乗客が迷惑そうな顔をしている。
「おい、こいつの母ちゃんどこにいんだよ!!」
どこかから、男の罵声も飛んでくる。
演技では決して表せない、素人っぽい言い回しだけど確実に怒っているとわかる。

「すっ、すみません……!」
そういうと、女は男の子の方に走っていく。

「どうして大人しくできないの!!」
女が男の子の手を叩く。剣が落ちる。
「うわああああああああああ!!!」
男の子が大声で泣き始めた。

周囲から
「何あれ」
「やばい、体罰じゃん」
「通報する?」

という声が聞こえる。

女は泣きそうな声で
「お願いだから大人しくしてよ……」
と言っている。


……僕は男の子が落とした剣を拾い、最近演じたばかりの子供向けの勇者アニメの声で話しかけた。
男の子がすぐに笑顔になった。
僕は男の子に剣を渡し
「ママを困らせたらだめだよ」
と言った。男の子は
「うんっ」
と言って、女……彼のママの背中に抱きついた。

「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
「いえ……」
そう言ったタイミングで駅に着き、その親子は電車を降りて行った。
二人とも、笑顔になっていた。


扉が閉まり、また電車が進む。
まだ、目的の駅にはつかない。

僕はスマホを操作し、Instagramを起動させる。
実鳥は、今日の写真はまだあげていないようだ。
あれからも毎日見て、いいねをつけたりコメントを残しており、向こうも心を開いているのがわかる。

「……母親……か……」

実鳥が載せる写真には、彼女の子供に関する投稿も多い。
顔は加工をしており、わからないようにしているが、子供が何を食べたとか、何をしたとか……自分のことよりも子供に関する内容が多いと思った。

もし、凪波が僕の子供を産んだら……。
凪波はどんな母親になるのだろうか。
いつも僕にしているように、違うことは違うのだと、教えるような母親になるのだろうか。
それとも、よくアニメに出てくる母親のように、子供の挑戦を応援するような母親になるのだろうか。

僕には、物心ついたときは父も母もいなかった。
僕を育てたのは教会が運営している孤児院だった。

母親代わりのシスターと、たくさんの兄弟たちと育ってきたから、寂しくはなかった。
けれど、家族に関する話を演じるときに漠然と思っていた。

本当の家族になるとは、どういうことなのだろう……と。


やっと、僕は家族になりたいと思える、凪波を見つけたんだ。
凪波と僕の子供が見たい。
一緒に育てていきたい。

そんな願いが凪波のおかげで芽生えたから、ここまで頑張って来れたと思っていた。

今こなしている大きな仕事が終われば、少しくらいは休みを取りたい。
その間に、結婚して、新婚旅行を作って、たくさん愛し合って子供を作る……。
これからの未来は二人で今以上のものにしたいと思っていたのに……。


ふとInstagramの通知がつく。
実鳥が更新をしたらしい。
写真を確認する。

「この手……」

結婚準備中(親友の)

そんなコメントと共に投稿された写真には、美味しそうな食事と二人分の両手。
そのうち一人の手は、とても見慣れた爪や指の形をしていた。

間違いない……これは凪波の手だ……。
そして左薬指には、質素すぎる、彼女には決して似合わない指輪。

その指輪を凪波に贈ったであろう人間に……殺意すら芽生えた。
そんな指輪、今すぐ取り去ってしまいたい。
その指を取り戻したい。

僕は、ポケットに忍ばせていた指輪を眺める。
それは、僕が凪波にあげたはずの指輪で、凪波が置いていったもの。
「波」をイメージして作った特注品。
この指輪をもう1度凪波の指にはめて、キスをしたい。


外を見る。静かな夜だ。
アナウンスが響く。
次が、目的の駅。


もうすぐ、君に会える。