Side朔夜

それから、僕は戻ってきた。
僕と凪波が共に過ごした部屋へ。
彼女のために行動を起こすなら、この部屋ほどふさわしい場所はないと思ったから。

僕はまず、シャワーを浴びる。
少しでも清らかな体になりたいから。
それから、凪波が僕のために選んでくれた、勝負の日に着るためのセットを身につけていく。
そして、髪型もほんの少し整える。
凪波が

「こうしたらかっこいい」

と導いてくれたやり方で。
……この姿こそが、ふさわしいと思った。
これから僕がやろうとすることには。
何故なら、これは僕だけがなすべきではないと思ったから。

「一路様これでよろしいでしょうか」

山田さんは、僕の依頼通り、セッティングをしてくれていた。
三脚にセットされたスマホ。
そして……音をちゃんと拾うためにマイク。
これも、凪波が選んだもの。
テープオーディションや在宅録音で使うために。
僕の声と最も相性が合うものをようやく見つけたと、嬉しそうに語った凪波の笑顔が、すぐにでも蘇る。
そして、選んだ部屋は凪波が僕のための研究を必死でしてくれていた、研究室のような場所……だったところ。
今は凪波が処分したのか、何も無くなっていた。
まるで、僕の今の心のような空虚さが漂っている。

できるなら、あの日に帰りたい。
いっそ夢ならばどんなに良いかと思った。
でも、これが夢ではないことは、つい数時間前につけた手の傷の痛みが改めて教えてくる。

「一路様。本当に良いのですか」
「何ですか、今さら」

すでに山田さんには、僕の目的は伝えている。
目的を達成するためのサポートを依頼するため。
そしてきっと、山田さんを通じて悠木と……海原にもきっと伝わっていることだろう。

「もし、始まってしまえば……取り返しがつかないかもしれませんよ。これまで手に入れたあなたの名声が全て消えてしまう可能性もあるのでは」

僕は、山田さんの、いかにも心配しているという口調に笑いそうになった。

「でも……あなたは……いえ、あなた達は、それすらも織り込み済みだったのでは?」

でなければ、あまりにもスムーズすぎるのだ。
ここまでの流れが。
僕と言う人間が、悠木と山田……2人の手の上で踊らされているかのような錯覚すら覚えるほどに。

「私はただ、あなたがこれから成そうとしていることを、全面的に支えることがミッションですから」
「例えどんな内容であろうと?」
「お望みであれば」