Side朔夜

僕には、人間らしい感情なんてないと思っていた。

それから、凪波と出会ってからの人生の中で、演技という技術を身につけた。
その結果、感情すらも造り込めるようになった、と思っていた。
でも、実際どうだろう。
僕は、凪波のことになると、こんなにも自分が分からなくなる。
泣きたいのか、怒りたいのか、それともその両方なのか。
それすら、自分の中で判別ができない。

「悔しいのですか?」

山田さんは、静かに僕に問いかける。
彼は主語も述語も明示しない。
主語は、きっと僕だ。
でも、述語や目的語は、僕の解釈次第でどうにでもなる。

「どうですか?悔しいですか?」

山田さんは、再度問いかける。
僕は答える。

「悔しい」

と。
何故凪波が僕の前から去ったのか。
何も言わない凪波に対する悔しさと、彼女のことを何も知らない自分への悔しさ。
そして、僕が知らない凪波を知っている海原という存在への悔しさ。


僕はこのタイミングまではこの3つの悔しさしか持ち合わせていなかった。
だから、やり場のない怒りを海原にぶつけた。
でも今は、海原という人間のことも知り……理解したくはなかったはずなのに、もしかすると1番自分に近いかもしれない彼のことを、煩わしいと思いこそすれ、憎いとは思えなくなっていた。

つい数時間前、僕の心の奥底を見せつけてしまったからというのもあるかもしれない。
だからこそ、僕は今感情の行き場を失いかけていた。
いっそ凪波と同じように、忘れてしまえたらどんなに楽か。

そんな考えてはいけないことまで、自然と思考が向いてしまった。



その時、山田さんは


「あなたに聞かせるべきは、この音声でしたね」


と言いながら、カーステレオを操作し始めた。
流れてきた声が、言葉が、そして……悲鳴が、僕のネクストアクションを導いてくれた。