Side朔夜

「どうして、あんなところにいたの?」
「わかりません」
「そうか。わからないで来られるほど、ここはそんな簡単に辿り着ける場所じゃないはずなんだが」
「そうですか。でも、わかりません」

悠木が尋ね、凪波が答える。
2人の会話には、感情が見えない。
まるで、お互い人工音声が会話しているのではないか、とすら僕には感じた。
凪波は、こんな話し方をするような人間だっただろうか。
それとも、僕が聞いているこの声は、凪波の声だけど、凪波本人のものではないのだろうか。
いっそ、そうだったらどんなに良かったか。
そう思ってしまったのは、ほんの数秒後。

「君は、ここに死にに来たの?」

悠木が、また尋ねる。

「死ぬことは、できますか?」

この声だけ、凪波を感じとることができた。

「そうか。もう、生きることは諦めたのかい?」

悠木がまた、尋ねる。

「違います」

凪波は、はっきりと言った。
それから、少しの間無言が続いてからの凪波の言葉は、きっと死ぬまで忘れない。



「私は、死なないといけないんです。彼のために」