Side朝陽

「葉……お願い目を覚まして……ママのところに戻ってきて……」

そう泣き叫ぶ藤岡は、俺の知っている藤岡とは全然違っていた。
見た目も、声も、確かに藤岡なはずなのに。

誰だ、この女性は……。

脳の片隅には、藤岡という人間をかっこいい、仕事ができる女性だと認識していたもう1人の俺がいる。
そいつが、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、悠木先生に懇願する藤岡を見てこうささやく。

この女は、お前が知っている藤岡実鳥という人間ではない、と。

俺は、俺自身に反論する。

いや、こいつは、確かに藤岡実鳥だ、と。

するとまた、もう1人の俺がこう言う。

お前は一体何を見て、その人間だと認識するのか、と。
顔か?声か?背の高さか?持ち物か?服装か?
一体何を見て、藤岡実鳥という人物であると判断するのか、と。
俺は、もう1人の自分が何故こんなことを言ってくるのか、理解できなかった。
でも、その言葉を念頭に置いて、もう1回藤岡を見る。

俺の知る藤岡は、こんな行動をしない。
こんな行動をする藤岡は、俺は知らない。
つまり、この女性は、俺が知る藤岡実鳥という人物ではない……という仮説が成立してしまうということだろうか。

「違う……」

俺は、心の中でつぶやいたはずの言葉が、耳に入ってきて気づいた。
藤岡が、絶望の表情で俺を見ている。
悠木先生は、ただ笑っている。

そして、悠木先生はこう言う。


「なるほど。必要十分条件の考え方を君はするのか。やはり、君は面白いね……海原君」


今の、自分の言葉は全て、言葉に出してしまっていたらしい。