Side実鳥

次から次へと、襲い掛かる悠木先生からの不気味で、到底認められない提案の数々に、私の心は押しつぶされそうになった。
それでも、今ここで倒れる訳にはいかない。
もし私がここで引いたら、この人は本当に私から葉を奪ってしまう。
それだけのことを、この人は出来てしまうのだから。

「……実鳥さん、あなたにとって悪い話ではないはずだ。たった1つ手放してくれれば、あなたはあなたとしての人生を生きられる。葉くんへの暴力に感じていた罪悪感も、全てなかったことにできる」

何と言うことだ。
この人は、そこまでもう私のことを見抜いている。
一体この人は、どこまでの私を暴こうとするのか。
自分で蓋をして、しっかりと鍵をかけたはずの私を。

「どうして……私だったんですか?」

どうして、葉だったのか。
テレビのワイドショーでは、毎日のように殺人のニュースが流れているではないか。
どうして、そっちじゃなかったの?

悠木先生は、ふっと、怖い笑みを浮かべて私を見下してきた。
そして言った。

「たまたまさ」
「え?」
「たまたまあなたが、畑野凪波の遺書の宛先であり、私が最も危険視していた男に近しい存在だったから調べた」

それだけで、と言おうとした。
でも、それは言えなかった。

「危険視していた男って……海原のことよね」
「ご明察」

もし言ってしまったら、2人との……あったはずの絆を、自分で否定してしまうような気がしたから。

「実鳥さん。あなたはさっきからずっと、地獄にいる鬼を眺めるような目で私を見ているね」

そんな目をしていたのか、と言われて気づいた。
正直鬼よりももっと恐ろしい存在だと、思ったけれど。

「でもね、私はそこまで鬼じゃない」
「え?」
「君がどうしてもと言うのなら……葉くんのことは返してあげてもいい」
「ほ、本当に……!?」

信じられない。
信じてはいけない。
でも、信じたい。

そんな私の焦りが透けていたのだろう。
悠木先生は、予定通りと言いたげな表情でこう言った。

「……だからこそ、君にはお願いしたいことがあるんだよ」

悠木先生は、私が凪波のノートを指差しながら

「それを読んだ上で、海原君を説得してくれないか?」
「せっ……とく……」
「そうだ。畑野凪波という人格を守るのは諦めてほしいと」

そうなの?
このノートを見れば、説得したい気持ちになるの?
私は、凪波の代わりに、ノートに心の声をぶつけた。

「そうすれば、皆が幸せになれる。君も、海原君にふり見てもらえる可能性は高くなる。もちろん、凪波さんも願いが叶う。コチラの方が、ずっと……有意義な命の使い方だと、私は思うがな」

私は、決してその言葉で心が傾いたわけではない。
ただ、凪波の心に触れたい。
真実を知りたい。
その上で、葉を取り戻したい。

そんな、色々な気持ちでぐちゃぐちゃになりながら、1ページ目から読み進めた。





凪波が、死にたくなった気持ちが、私のかつての気持ちとシンクロした。