Side実鳥

それから、悠木先生は私に語り始めた。
蛹の中にいる、かつて少女だった矢部雪穂という人間のことを。
生まれた時から、特別であることを求められ続けた悠木先生。
そんな中、中学の頃に、初めて自分をゴキブリのように扱ってくれたことが嬉しかったと。

大人の手を決して借りようとしない、野良猫のようなところを愛おしいと、語った。
自分には懐かないくせに、好きなものに浸っている時の恍惚な表情が憎らしいほど愛おしいと、語った。
そんな彼女に振り向いて欲しくて、ありとあらゆる手を尽くしたと、語った。
しかし、彼女は、悠木先生より先に死神を魅了していたとも、語った。

彼女の命の期限があとわずかという時に、悠木先生が気づき病院に入院させたが、すでに誰にも手をつけられる状態ではなかったと、語った。
それから、彼女は余命を宣告されて1日後に、意識を失い、1度は心臓が止まったそうだ。
でも、それを悠木先生の財力を駆使し、当時で最も最先端の医学の力で無理矢理引き伸ばすことはできたとのこと。
それでも、1回も彼女は目覚めることは無く、機械の力によって身体を生かし続ける日々だったらしい。

悠木先生は15歳という若さで、アメリカの大学へと飛び級で入学した。
その時、彼女の身体もいっしょに、連れて行ったそうだ。
そうして、アメリカの最先端の治療を受けさせながら、自らも医学の道を極めることに、人生を注いだそうだ。
しかし、彼女の身体は、どんな治療を施しても良くなるどころか、少しずつ死に近づいていったらしい。
死に始めた皮膚、細胞、臓器を、悠木先生は次々と移植を試みようとしたが、その度に何故か雪穂さんの身体は拒絶反応を起こしたらしい。
その結果、悠木先生は考えた。
悠木先生は、雪穂さんの全てを愛していた。
けれども、最も欲しいものは何だったかを。

悠木先生は言った。
雪穂さんの愛が欲しかった。

悠木先生は言った。
愛はさまざまな欲望の結晶だと。
その欲望を司るのは、人体の脳の役目だと。

だから悠木先生は決めたそうだ。
雪穂さんの脳だけを最終的な生かし、身体へと移植し、新しい雪穂さんとして再生させるという道を。


ここまで聞いて、私が思ったことはたった1つだけ。
どうして、他人の愛ごときに、私たちが巻き込まれなくてはいけなかったのだ、と。
そう考えてしまうのは、私が冷たい人間だからなのだろうか、と。