Side実鳥

「あるはずだった未来って?」
「考えたことがないとは、言わせない。君は思ったはずだ。あの子がいなければ、もっと自由、自分のためだけにお金を使うこともできたのに、と」

この人は……何?

「もっとライブに行けたかもしれない。漫画や同人誌を買い漁ることができたかもしれない」

どうして、葉を産むと決めた時に諦めたことを、この人は全部知っているのだろう。
他の人からすると、くだらないと笑うかもしれないが、当時の私にとって身を切るように辛かった、当たり前の日常からの分離。

たかが漫画、たかが同人誌、たかがヲタ活。

そう、言葉で言い聞かせようとすればするほど、思い知らされた。
それらが、どれだけ自分の人生を潤してくれたか。
自分と世界を繋いでくれたか。
明日も生きて、この続きが読みたいと……明日への希望を与えてくれたのか。

結婚をして、旦那に尽くすことを強制され、私は自分の意志を奪われた。
子供が産まれて、自分よりも優先させる命が現れたことで、私は自分の自由を奪われた。
時間も体も、全ては自分以外のために使えと……生きたまま、彼らのための生贄として生涯を使うことを強制されている人生に、1度は本気で死ぬことを考えた。

死ねば私を取り戻せると思った時期も、確かにあったから。

でも……知ってしまった。
自分の体の中から飛び出てくれた、現実世界に存在してくれる、自分と同じ血を、遺伝子を、ルーツを持つ存在が自分の推しになる煌めきの強さを。
勿論、フィクションのワクワクを追いかける楽しさも、推しキャラのカップリングを考える楽しさもやっぱり忘れられない。
だけど、それを得ることで、この煌めきを……葉を失うくらいなら、私は葉だけを取ると決めていたのだ。

それほどまでに愛している。
自分の人生。
自分の存在。
自分の……自分として生きる理由が葉。

だからこそ、この世界に受け入れられるように、私がなんとかするしかなかった。
この世界は、簡単に気に入らないものを排除する。
気に入らないの基準に、いつ自分が、葉が当てはまるか分からない。
当てはまったら最後……泥を啜り、涙を落とし続けても抜け出せるか分からない闇へと引き摺り込まれる。


それが、この世界だ。
だから、このくらいの小さい時に少しの闇を子供に教えて何が悪い。
親が与える痛みならまだ耐えられるはずだ。
赤の他人が与える痛みよりは、ちゃんと愛があるのだ。

私のは、そういう痛みだ。
決して暴力なんかじゃない。


「返してください、葉を、早く返して!」


何も知らない男に、私の子育てを、私の想いを踏み躙られてたまるか。