Side実鳥

「そうやって、相手の言葉を止めるということは、全て思い当たることがある……と考えても良さそうだな」
「どうして、こんなことを……」

ふと、思い出した。
歩美さんの娘さんのことを。
不治の病にかかって、あとは余命を全うするだけだったはずの、当時中学生の女の子が、今悠木先生のおかげで存在しているという……。

そして悠木先生は歩美さんの娘さんを助けるため、きっと決まっていたであろう輝かしい未来を捨てて、医師になったという。
普通のクラスメイトに対して、そんな事をするお人好しはいない。
というより、できるはずがない。
余程、彼女に対して強い想いを持たなくては。
それこそ、神が定めた運命に立ち向かう程の……。

「歩美さんの娘さん……」

私の言葉に、悠木先生の眉がほんの少し動いた。
でも、それだけではまだ、確信が持てない。

「彼女は、あなたにとって、なんなんですか?」

自分で言った言葉に、自分でため息をつきたくなる。
どうして私はいつも、唐突にしか話をすることができないのか。
もっと順序立てて、冷静になるべきだったのに。
そんな後悔をしていると、くくくと、喉を鳴らすような悠木先生の笑い声が聞こえた。
その音が、私にはひどく不快に思えた。
私という存在を、見下しているのが伝わってくるから。

「雪穂は、私の命そのものだ。」
「あなたの……命?」

悠木先生の口調が、変わった。

「そうだ。なくなれば、息ができなくなる。この世に存在できなくなる。まさに、命そのもの」
「それは、恋人だった……ということ?」
「そんなつまらない言葉で、僕と雪穂を語るのはやめてくれたまえ」
「つまらない……?」
「そうだ。実につまらない。誰かが適当に作った、ありふれた社会のために作られた言葉なんかで、私と雪穂の関係を語られるのは、ね」

そう言うと、悠木先生は「早く行かねばな」と私の前から立ち去ろうとしたので、急いで白衣を掴んだ。

「どこへ行くの!?」

敬語なんか使っている余裕は、もうなかった。

「葉のところなら、私も連れて行って」
「本当に?」
「え?」
「本当に、それでいいのかい?」
「何言って……」
「今なら、あなたの人生そのものを取り戻せるだろう」
「私の、人生?」
「そう。葉くんに奪われた、あるはずだった未来を」