Side実鳥

ほんの少し前、私もここに連れてこられた。
海原が連れてこられたのと同じように。

娘さんと会えると言う知らせを受け取った時、歩美さんは喜んでいた。
花が咲いたように、という表現がよく似合う微笑みだった。
その時、葉は大声で泣き喚いていた。
私がどんなにあやそうとしても、葉が大人しくなる気配を見せてくれなかった。

それを、あっという間に収めたのは山田さん。
葉は私のことなどなかったかのように、山田さんが与えるおもちゃを気に入り、山田さんに懐いた。

その時だった。

「ずっとここにいたい」

と、葉が山田さんに言い出したのだ。

どうして?
確かに私は、おもちゃをたくさん与えることはできない。
甘いジュースもお菓子も、1日1回だと決めている。
でもそれは、全部葉のため。
葉が、我慢強く生きていけるように。
葉が、健康で長生きできますように。
母親として葉を生み出した責任もあるからこそ、葉にとって今が辛いと思うことでも耐えさせた。
葉の金切り声に何度も心が折れそうになったが、全ては葉への愛から。
父親があんなクズだったからこそ、子供にはあんな男になって欲しくない。
私がとても寂しい思いをしたから、子供には私と一緒にいて良かったと思ってほしい。

今は分からなくても、いつかこの子が分かってくれるようになれば、報われる。
そう思って、歯を食いしばってきたと言うのに。

「そうか、君は、ここにいたいんだね」

てっきり山田さんは、葉を笑顔にするためだけに、適当に取り繕ったのだろうと思った。

「すみません山田さん、もう葉は私が引き取りますから」

と、手を伸ばそうとした時に、山田さんは私ではなく歩美さんに葉を渡してからこう言った。

「それならば、葉くん。今日からはこの人を、君のお母さんと呼ぶんだよ」