Side朝陽

「君は、こんな時に気にするのはそれなのかい?」
「どう言うことですか?」
「いや……」

そう言ってから、また悠木先生は笑い出す。

「何ですか、人のこと笑って」
「いや、何……」

また、クククと喉を鳴らして悠木先生は笑う。
急に睨みつけたかと思えば、今度は人を馬鹿にする笑みを浮かべる悠木先生。
意図が全く読み取れない表情の変化に、俺は振り回されている。

「何なんですか!さっきから!」

俺は、我慢できなくてまた怒鳴ってしまった。
すると、ぴたりと悠木先生は笑いを止めた。

「やはり君は、本当は実鳥さんの方を愛しているのではないかね」
「……は?」

いきなり、何を言い出すんだ?

「だってそうだろう?君は、本来は凪波さんを取り戻したくて、わざわざ私の後についてこんなところまで来たわけだ。それにも関わらず、さっきから聞いていれば実鳥さんの事ばかり」
「決まってるだろう。藤岡は、俺の大事な仲間だ」
「ははは。そうか、仲間か。すごいな。何の躊躇いもなく」

悠木先生は、ちらとまだ地べたに座り込んでいる藤岡に目線を送ってから、雪穂の真横にあるモニターらしきものの前へと移動した。

「どう言う意味だ?」
「いや、ただ……せっかくここまで、可愛い子供と一緒にわざわざついてきた実鳥さんが気の毒だと、思ってね」

悠木先生は、そう言うとモニターのスイッチを押した。
その瞬間、女の人が子守唄らしきものを歌っている声が聞こえた。

ねんねん ころりよ
おころりよ

俺もそのメロディも歌詞も覚えている。
よく歌ってもらった。俺も。
父親と母親に。

そう考えた時だった。

「葉!!葉!!!」

藤岡が立ち上がり、モニターに駆け寄った。

「やめて!葉を返して!!」
「おい、藤岡!!!!」
「お願いします!お願いします!!葉を返してください……」

藤岡の最後の言葉が空気に溶けたと同時に、モニターには人が映った。
ロッキングチェアに座り、ゆらゆらと幸せそうな表情で腰掛けながら、その女性は子守唄を歌っていた。
膝の上には、葉と同じくらいの身長。おそらく子供。

それが葉であると特定できないのは、コードが無数についた深い帽子のようなものを被せられていて、顔が見えなかった。

服も、俺が知っている葉の洋服よりは、ずっと上質そうだった。
そして、そんな子供のような存在に、藤岡は涙を流しながら語りかけている。

「葉……お願い目を覚まして……ママのところに戻ってきて……」