Side朝陽

俺は、藤岡を背負って悠木先生の後をついて歩いた。
悠木先生が通る道は、俺らが通ったことのない、また別の道。

この家は、一体どんだけ広いんだ……。

そんな事を考えていると、また違う雰囲気の空間にたどり着いた。
インテリア雑誌の表紙のような、豪華なリビングルーム。
映画の世界かと言いたくなる程、現実感のかけらもない場所だと思った。
凪波と式をする場所を探した時に見た、会場の雰囲気と似ていると考えた時、切ない気持ちになった。
ほんの数日前までは、凪波ともうすぐ夫婦になれると信じて疑っていなかったから。

悠木先生が足を止めたのは、暖炉の前。
ちゃんと薪を入れて使える、本物だ。

「海原君」
「はい」
「こちらに来なさい」

そう言うと、悠木先生は、暖炉の中に入った。
何故そんなことをするのか、と言う質問すら許されないような圧を、悠木先生の言葉の節々から感じたので、俺は藤岡の頭が暖炉の端に当たらないように、ぎりぎり
まで屈んでから入り込んだ。
煤の臭いがしない暖炉の中から、変な機械の音がしたかと思うと

「うわっ!!!」

急にガクンっと自分が触れている床が大きく揺れた。
かと思うと、勢いよく地面が下がっていく。

「そんなに怯えなくて大丈夫だ。すぐに着く」

別に怯えている訳ではない、と言う反論を言う間も無く、本当にあっという間の時間だった。
目の前には、真っ白な壁と扉。
凪波が横たわっていた部屋とも、雰囲気が違う。
まるで、SF映画に出てくるような舞台設定のようで、たった数秒の間で未来に飛ばされたかのような感覚にすら陥った。

「何をしている。出てきたまえ」

すでに、悠木先生は暖炉の中から出て、扉の前に立っていた。
俺も、急いで立ちあがろうとしたら

「痛いっ!!」

背中から藤岡の声がした。

しまった。藤岡を背負っていたことを忘れていた……。

「ごめん!藤岡!」

俺は、急いで藤岡を床に下ろすと

「海原君、君は本当に1つのことに熱中すると、他のことに見えなくなるタイプなんだな」

と悠木先生に見下ろされながら笑われた。


「だったら何だって言うんですか……」
「私も同じだから、分かると思っただけだ」
「先生と、同じ?」
「ああそうだ。たった1つのものさえ手に入れば、他はどうだっていい。そう気持ちを君なら、分かってくれると思ってね」

そう言うと、悠木先生は俺ではなく、藤岡の方に手を伸ばし、藤岡を暖炉から引き摺り出した。
藤岡は「やめてください」と、いつもなら絶対に言うであろう反応を一切しなかった。
まるで、そうされるのが自然だと、藤岡の背中が言っているようにすら見えた。

でも、何故……?

「……海原、出てきなよ、早く」

藤岡は、何の動揺もせずに、急に変わった景色を受け入れている。
と言うことは。

「お前、ここに来たことがあるのか?」