Side悠木

やはり、様子を見にきて正解だった。

「ついてきなさい」
「え?」
「君には、会わせた方が良いと思っていた。私の雪穂に、ね」

本当ならするはずがなかった予定を、急遽こなさなくてはいけない今の現実に、少しだけ頭痛がした。
だが、それもまたこれまでの長すぎる待機時間を考えれば、決して悪いものではない。
コツコツと、2人分の足音が響く、色がない廊下を歩きながら、私は思いを馳せる。

ようやく準備が整った。
あとはたった一言さえ手に入れれれば、全てが上手くいくというのに。

海原朝陽。

正直言えば、ここまでこの男の意志が強いとは思っていなかった。
育ちが良く、世の中の善意を信じて疑わない彼は、闇を見せればすぐに尻尾巻いて逃げると思ったのに。

藤岡実鳥という女が、畑野凪波と近しい闇を持っていることはすぐ分かった。
彼女には、刺せばすぐに堕ちる決定的な弱点もある。
そこさえ抑え込めれば、彼女の心は狩れると思った。
だから実際に動いた。
私ではなく、最大の適任者がこちら側にいたのは、やはり雪穂を蘇らせるために積み重ねられた必然の結果だろう。

全ては必然。
そうであるべき。
そう、私が創り上げてきた。
この計画に失敗など……あり得ない。

愛する者への想いは、申し訳ないが私の方が彼らよりもずっと上だろう。
愛する者のために、私は全部を捧げると決めた。
時間も、頭脳も、モラルも……そして、命も……。

今の私を、雪穂が見たら、何というのだろう。
また、罵声を浴びせてくるのだろうか。
できれば、1度くらいは私の、彼女のための行為は誉めてもらいたいものだが。

しばらくは……彼女が残っているだろうから、難しいかもしれないな。
でも、それもいつか消える。
彼女は新しい彼女に生まれ変わる。
そうすることで、私達は新しい時代を生きていける。
その未来を思えばこそ、私の計画は、その全てが必要十分条件に値する。
そこまで考えた時、背後の足音が止まる。

「どうした?」

私は、振り返らずに聞く。
彼が言いたいことは、察していたから。


「これは一体なんですか?」
「失礼だな、これではなく、彼女と言ってくれないか。物ではないんだよ」
「でも、これは……」

私は、やれやれとため息をつきながら、壁に埋め込まれたスイッチを探した。


「ごめんね、雪穂」

私はそう言いながらスイッチを押した。
その瞬間、海原の悲鳴が部屋中に響いた。