Side実鳥

「海原は、さ……やっぱり、生まれながらのラッキーボーイなんだよ」
「……いきなりなんだよ」

わざと私が選んだ言葉の表現に、海原は機嫌を少し悪くしたようだった。

「ねえ、海原はさ、1度でも考えたことある?」

何か返事したげな海原の視線を振り切るかのように、私は矢継ぎ早に言葉を重ねる。

「自分を対等とも思っていない、そんな人間に体の中を荒らされて、人生を変えられる恐怖」

それは、私が葉を授かる前から海原のところに来るまでに味わった地獄の内の1つ。

「相手が自分より下だと分かった途端、自分の行動が相手にどんな変化をもたらすなんて、そういう奴らはね、考えないの」

男は、欲を吐き散らかすだけ。
獣のように本能のまま、その欲の解消方法を求める。
受け止める相手は、自分と同じ生き物だとは考えない。
自分より、ずっと人間としての知能を持っているとも、考えない。
だからできてしまうのだろう。
生まれ持った肉体のアドバンテージの上下だけで、簡単に下の生き物を組み敷き、生贄のように貪り、そしてあっという間にゴミ箱へと突っ込む行為が。

「あんたが、凪波に抱いているのは、そういう欲望なんだよ」

私は、自分の声がずっと低いことに、自分で驚いた。
目の前にいる男は、私と葉の恩人だ。
私にとっては、楽しかった時期を同じ空間で過ごした、思い出を彩るだけの人間。
それだったはずなのに、いつの間にか、地獄から蜘蛛の糸を垂らしてくれた神様のように、私と、私の命より大事な葉を拾い上げてくれた。
私の人生に、もう1度……彩りを取り戻してくれた人。
眩しすぎる人。






だからこそ、余計に思い知らされるのだ。
ああ……。
私と、この人はやはりどこまでも最後の最後、混じりあうことはできないのだと。
同じ世界を見ることはできないのだと。
ならばせめて……。
同じ世界を見てくれなくてもいいから。







そのままの海原で、もう1度、今の私と葉を救って欲しい。
救ってみせてほしい。
それが、もし……本当にできるのだとしたら。



「海原、私……達は……」






次の言葉をつなげようと思った時だった。
私の首筋に、痛みが走ったのは。