Side朝陽

「……わかったでしょう?」

藤岡が、俺から冊子を奪い取りながら言った。
その表情は、少し突けばボロボロと崩れそうな程、張り詰めていると思った。

「凪波は、もう、目覚めたいとは思っていないわ」

藤岡は、あくまでそれが変わることのない真実だと主張する。
そこに、疑う余地などないとでも言うかのように。
でも……。

「俺は、そう思わない」
「どうして分かってくれないの!!」

藤岡は、自分の意見と俺の意見がここまで来て違うことに、納得がいかないとでも
言いたげな、激昂した様子で、俺を責めて立ててくる。

「海原には、凪波の叫びが見えなかったの?」

見えたさ。
こんな状況になって、ようやく。

「海原には、凪波の苦しさが伝わらなかったの?」

伝わったさ。
俺が受け取った通りの、感じたままの苦しさだったならば。

「ねえ、海原。お願いよ。凪波の最後の願いを叶えましょうよ、私達で」

藤岡はそう言うと、俺の頬に手を伸ばしてくる。
藤岡が触れた瞬間、俺は自分が細く小さな、蜘蛛の糸のような涙を流していることに気づいた。

「それが、私達が凪波の友達としてできる、唯一のことなのよ」
「友達として……?」
「そう。友達。だって、そうでしょう?」

藤岡は、俺から奪った凪波の冊子をペラペラ捲りながら

「あの子は、こんな字で何かを残すようなタイプじゃなかった。そんなあの子が、
どうしてここまで残したの?」

そう言うと、藤岡はバッと、見開きのページを見せてくる。
文字にすらならない、凪波の叫びが感覚的に伝わってくる場所。

「見てよ。全部!全部!最後は一路朔夜のことばかり!!最初は、声優になりたいと言う思いに溢れてたけど……でも……あの子は……私たちが知っているあの子だったら、絶対にしないことまで手を出した……」

それは、体を売ってでも夢を追いかける資金を手に入れたことを言っているのだろうか。
それとも、誰かの人生を凪波の意志で壊したことを意味しているのだろうか。
どちらもかもしれないし、どちらかかもしれない。
もしくは、もっと別のことを意味しているのかもしれない。
でも、それで言うのなら……。

「そうだ。俺達が知っている凪波なら、絶対にしないであろうと思ったことを、あいつはしてしまったんだ」
「そうでしょう!だから」
「だからだ!」
「え?」

俺は、藤岡の肩をしっかり掴んだ。
それは、藤岡の肩を通して、自分の足を地面に立たせるためだった。
そして、藤岡にも、俺にも言い聞かせるように、冷静であれと心の中で何度も唱えた。

「俺達が考えることが、凪波が考えているとは限らない。それは、俺達がよく知っている。そうだろ?」
「海原、あんた何言って……」
「冷静になれ、藤岡!」
「私は冷静よ!!」

藤岡は、俺の体から逃れるように、力一杯体を捩っているが、俺は手を離してなるものかと力一杯藤岡に圧をかける。
それは、そうしなければ、自分が足元から崩れそうだと思ったから。

「いいか、藤岡。俺らは、まだ凪波のことを知らないんだ。こんな文字だけで何がわかる?」
「……か、海原……?」
「そもそも、俺達はもっと大事なことを思い出さなくてはいけないと思う」
「え?」


俺の心は、決まっていた。
結局、何をどう考えても、結局ここに辿り着くしかできない。


「凪波から……ちゃんと聞かないと。あいつが、本当にどうしたいのか、を」