Side朔夜

その日の朝、僕はどうしても抜けられない、早朝の仕事が入っていた。
最近テレビで自分のことを取り上げてもらえる機会が増えており、今日は朝の生放送に出演が決まっていた。
ナレーターとしてではなく、通常の出演の形で。

もともと僕は声優として、演技力を磨き、声のテクニックを磨いていければ良かった。が、事務所は僕に顔出しの仕事を求めることが多かった。
雑誌の撮影にイベント出演……最近では舞台や実写のドラマ、映画のオファーまであった。

そんなことをしてなんの意味がある。
僕は、声優なのだ。
声を駆使して、ただの俳優では演じることができない……それこそ赤ん坊からじいさんといった幅広い年齢から、女性、さらには物の音も、テクニックを磨けば「そのものになれる」というのが声優の魅力であり、あるべき姿だと、僕は思っていた。

だから、僕はそういう仕事を、断り続けていた。
でも……彼女が僕にこう言った。


「朔夜さん。あなたには素晴らしい才能がある。あなたの才能がどれだけすごいか、声優以外の仕事でも私に見せて欲しい」
「他の声優の人たちが手に入れられない、演技を磨く機会を、あなたは得られた。それを無駄にするの?」

そう言ったから、まずは、気が乗らなかったドラマに出てみた。
最初は端役と聞いていたし、彼女がいう「勉強する」という気持ちで挑んでみたら……僕のファンが一気に増えたらしく、急にメインのキャラに据えられ、覚えないといけないセリフ量が膨れ上がった。

「こんなの聞いてない」
と言っても
「君と過ごす時間が減るのは嫌だ」
と言っても、彼女は決まってこう返す。

「私は、あなたが活躍することが、今の夢なの。だからお願い」

と。

だから頑張ったんだ。
彼女がいる部屋に何日も、何ヶ月も帰れない日々に耐えたのも。
香水臭い、ただ細いだけの頭が軽い女にまとわりつかれることに耐えたのも。
全部、彼女がいたからだ。
彼女なしでは、僕はモチベーションの1つも上げられない男だ。


それを……彼女はわかっていたはずなんだ。
なのに、彼女は突然消えた。