memo凪波

最初は戸惑いしかなかった。
あの人が、何故私にここまで執着するのか。
私が他の男の人と話す度に、お仕置きだと言われて無理矢理ベッドに押し倒されることもあった。
最初はそれが、あの人の所有物にされた気がして、とても嫌だった。
だけど、あの人が私に触れる手が、あまりにも気持ちが良くて、嫌悪感が少しずつ薄れていった。
このまま、あの人が愛する女を演じ切ることができれば、もう苦しい思いをしなくてもいいのだろうかと、一瞬思ったこともあった。

けれど、私は自分の身の程を誰よりも知っている。
あの人を見て、好意を持たない女はきっと世界中探してもそんなにいないだろう。
好意までいかなくとも、わざわざ避けたいと思う女は、果たしてどれくらいいるのだろうか。
少なくとも、私が生きている業界では見たことがない。
皆、あの人に近づこうと必死にアピールしている。
私は、それを近くでずっと見ている。

男の女への興味は、風邪の時に出す熱のようなもの。
その時は盛り上がるけれど、1度過ぎてしまえば忘れてしまう。
人間のメカニズムとはそういうもの。
その熱を表現するために、私たち演技者は鍛えるのだ。
声の出し方を。
セリフの読み方を。
感情の入れ方を。

だから、あの人の熱も、いつか消えてしまう。
そして私の熱もまた、消えてしまうかもしれない。
だとしたら、その熱に依存することだけはあってはならない。
依存ではなく、正しく利用することができれば、きっとお互い不幸にならない。

私は、もう自分を不幸だと嘆きたくない。
幸せを感じなくてもいいから。
その時のために、私はあの人との関係をどうにか変えなくてはいけない。