memo凪波

言ってしまった。
声優という仕事ができるなら、もう私は目立たず静かに暮らしたかったのに。
だから嫌なことがあっても、じっと耐えてきたのに。
あの人の、スタジオでの態度が許せなかった。
最初から持っている人は、それがどれだけ価値があることか知らない。
だから、死にたくなる程の惨めな思いをしてでも、それを手に入れようとした人間の目の前で、適当に扱う。
適当な仕事をする。
そして、適当に生きている。
それが人間というものだと、分かっているつもりだった。
それが社会の構図だというのも、もう分かっていたはずだった。
いい意味で、私は諦めていた、はずだったのに。
事務所にバレたら仕事をまわしてもらえないかもしれない。
1度同じことをして、私は数ヶ月干されたから、2度としないと決めたはずだったのに。
言ってしまったのだ。
仕事を舐めないでと。
あの、一路朔夜に。
考えるだけで気分が悪い。
2度と会いたくない。
でも同じ事務所だし、きっとあの人はマネージャーにおされてる。
これからどんどん現場に出てくるだろう。
だからきっと、見かけてしまうことは多いだろう。
大丈夫だろう。
私なんかのことなんて、覚えていないだろう。
ああいう人は、そういうことを平気でする。
大丈夫だ。
信じよう。
あの人は、私のことなんて覚えてない。
私は明日からも、同じ毎日を過ごせる。