Side朔夜

凪波が、教えてくれた唯一の過去。
凪波は、彼女のことを話す時だけ……まるで少女のような顔をしていたのは覚えている。
自分の話のことで、可愛らしく微笑む凪波を見たことがなかったから、僕は実鳥という存在に嫉妬すら覚えていた。

そんな人が……僕に向かって

「凪波を諦める」

と言った。
どうして、あなたに……凪波を諦める権利があるのか?
もし、凪波があなたの言葉を聞いていたら、どう思うのか?

そんなことを考える間もなく、僕の体は動いていた。
この女は危険だ。
凪波に近寄らせたくない。
僕から、凪波を奪う存在。
僕と一緒に暮らしていた時も、彼女の心は僕だけのものではなかった。
少なくとも、この女がいたのだ。
あなたが凪波を諦めると言うのなら。
僕は、あなたから凪波を守らないといけない。
そう考えた時に、僕の手は実鳥という女の首に手をかけていた。

「おい……!何やってるんだ!」

海原が、僕と実鳥をあっけなく引き剥がす。
実鳥は、僕の手の後がついた首をさすりながら、苦しそうに咳き込んでいる。
そして海原は、実鳥の背中をさすりながら

「大丈夫か!おい!」

と実鳥を心配している。

海原……。
お前は、凪波を愛しているんじゃないのか?
何故、凪波を諦めると言った女、親身に庇うのか……?