Side朔夜

僕は、海原を見下ろした。

「頼む……一路……!」

と、懇願する彼のつむじが、僕からしっかりと見えてしまう。

どうして?
何も疑わず、どうして頭を下げられる?
僕が、頼めばお前の願いを叶えると、本気で思っているのか?

お前は、僕から凪波を法的に奪おうとした男。
僕は凪波を連れ戻そうと……お前から引き離そうとしている男。

疑えよ。
僕を、疑ってくれよ。
僕がお前に不利益をもたらす人間だと、分かれよ。
分かってくれよ。
そうしないと、僕は…………。

「顔を上げてくれ……」

僕は、まだ海原に伝えるべき言葉を作れていない。
海原が、今どんな表情をしているのかが分かれば、言葉が思いつくかもしれない。
そう思った。

容赦無く、海原に宣告できるかもしれないと、思った。
凪波に2度と近づかせない、と。
僕たちの邪魔をしないでくれ、と。

そんな、心の中に溜まるヘドロのような汚い言葉を、容赦なくぶつけてやれるかも、とも思った。

海原は、疑いもせずに僕と目を合わせる。
僕も、海原の目をしっかりと見る。
思えば初めて、ちゃんと海原の目を見た。
ほとんど暗闇のこの部屋でさえ、希望に満ち溢れた光が宿っている。
未来を疑わない目をしている。

綺麗だと、思った。

それから。
しばらくの無言の後、僕がようやく発することができたのは……。

「……そんな目で、僕を見るな」

だった。