Side朔夜
海原は、僕に懇願をしてくる。
後生、という言葉を使って。
海原はきっと、後生という言葉の本当の意味を知らずに使っているのだろう。
僕もセリフでよく言わされていた。
あの日もちょうど、家でセリフを練習していた。
ちょっと苦しげに、切なげに表現すれば良いのだろうと軽い気持ちでセリフを言ってみたら、凪波が辞書をぶん投げられた。
「何するの、凪波」
僕は、ドッジボールで飛んできたボールを受け止める要領で、そっと胸に受け止めた。
凪波がぶん投げてきたのは、漫画雑誌1冊分の太さを持つ、重たい紙の塊になっている辞書。
ぼろぼろに、所々破れていて、線が引かれているその辞書からは、凪波の部屋の匂いがした。
「これで僕が怪我をしたら、明日の仕事行けなくなるよ?」
僕が返すと、凪波はうっ……と一瞬息を詰まらせたが
「でも……受け止めた……」
凪波が申し訳なさそうにそう言うのが可愛くて、僕は凪波を抱きしめに言った。
「ちょっと!そんな事してる場合じゃないでしょう……?」
「で、凪波はこんなことをしたの?」
僕は、凪波が僕の声に弱い事を知っているから、ふうっと息をかけてやりながら、囁いてやる。
「やめ……」
「ねえ、どうして?」
「………後生……」
「え?」
「だから、今後生って言葉、セリフで言ったでしょ」
「あ、ああ……」
「どんなシーンなの……?」
「ええと……」
僕は、凪波に練習用の台本を見せた。
すると凪波はさっと読んだだけで
「やっぱり……」
とため息をついた。
「何?どうしたの?」
僕が尋ねた時、凪波は言葉では答えず、僕にぶん投げた辞書は使わず、彼女自身のスマホを操作して
「ん」
と画面を見せた。
そこに書かれていたのは、こんな言葉だった。
死後に生まれ変わること。
また、死後の世。
「死後……?」
僕がそう言うと、凪波は少しだけ悲しげな表情を浮かべてから
「一生のお願いって……どう思う?」
「どうって……」
「一生に、ただ1つのお願い。つまり、このお願い以外は一生しないってくらい強い願い……朔夜はしたことある?」
それを聞いた時、僕は思い出した。
僕はすでに使った。
彼女を……凪波を手に入れたいと思った時。
彼女さえ手に入れてしまえるなら、他のどんなものもいらないと、強く願って、願い続けて……手に入れた。
「……あるよ」
「……そっか。あるんだ」
それが何か、と、凪波は聞いてくれなかった。
海原は、僕に懇願をしてくる。
後生、という言葉を使って。
海原はきっと、後生という言葉の本当の意味を知らずに使っているのだろう。
僕もセリフでよく言わされていた。
あの日もちょうど、家でセリフを練習していた。
ちょっと苦しげに、切なげに表現すれば良いのだろうと軽い気持ちでセリフを言ってみたら、凪波が辞書をぶん投げられた。
「何するの、凪波」
僕は、ドッジボールで飛んできたボールを受け止める要領で、そっと胸に受け止めた。
凪波がぶん投げてきたのは、漫画雑誌1冊分の太さを持つ、重たい紙の塊になっている辞書。
ぼろぼろに、所々破れていて、線が引かれているその辞書からは、凪波の部屋の匂いがした。
「これで僕が怪我をしたら、明日の仕事行けなくなるよ?」
僕が返すと、凪波はうっ……と一瞬息を詰まらせたが
「でも……受け止めた……」
凪波が申し訳なさそうにそう言うのが可愛くて、僕は凪波を抱きしめに言った。
「ちょっと!そんな事してる場合じゃないでしょう……?」
「で、凪波はこんなことをしたの?」
僕は、凪波が僕の声に弱い事を知っているから、ふうっと息をかけてやりながら、囁いてやる。
「やめ……」
「ねえ、どうして?」
「………後生……」
「え?」
「だから、今後生って言葉、セリフで言ったでしょ」
「あ、ああ……」
「どんなシーンなの……?」
「ええと……」
僕は、凪波に練習用の台本を見せた。
すると凪波はさっと読んだだけで
「やっぱり……」
とため息をついた。
「何?どうしたの?」
僕が尋ねた時、凪波は言葉では答えず、僕にぶん投げた辞書は使わず、彼女自身のスマホを操作して
「ん」
と画面を見せた。
そこに書かれていたのは、こんな言葉だった。
死後に生まれ変わること。
また、死後の世。
「死後……?」
僕がそう言うと、凪波は少しだけ悲しげな表情を浮かべてから
「一生のお願いって……どう思う?」
「どうって……」
「一生に、ただ1つのお願い。つまり、このお願い以外は一生しないってくらい強い願い……朔夜はしたことある?」
それを聞いた時、僕は思い出した。
僕はすでに使った。
彼女を……凪波を手に入れたいと思った時。
彼女さえ手に入れてしまえるなら、他のどんなものもいらないと、強く願って、願い続けて……手に入れた。
「……あるよ」
「……そっか。あるんだ」
それが何か、と、凪波は聞いてくれなかった。