Side朔夜

「……ちっ……」

もうそんな時間か………。
せっかく良いところだったのに、と舌打ちをしてしまったものの、自分で依頼したことだから、仕方がない。

僕は、驚かせてごめんね、と心の中で言いながら、凪波を抱き寄せ、頭を撫でる。

「朔夜、どうしたの?現場は?」
「これから向かう」
「……そう……?」
「そうだよ」
「……そっか……分かった……」

凪波は、何も聞かない。
僕がどうしてここにいるのか。
それが、僕にとっては心地よく、ほんの少し寂しい。
でも、この時凪波が1個だけ、いつもの見送りと違うことをしてくれた。

「いってらっしゃい」

僕が扉の外に出た時、一緒に外まで出てくれた。
今まで、凪波が僕を見送る時は、せいぜい玄関の中までだったのに。
何故彼女はそんなことをしてくれたのかは、分からない。
彼女なりの気遣いだったのかもしれない。
特に、意識してなかったのかもしれない。
だけど、たったそれだけのことが、僕を闇から連れ出してくれる。

「いってきます」

僕は、キスしたくなる気持ちを必死に抑えながら、待たせているタクシーへと走った。

「兄ちゃん、あれでよかったのかい?」

タクシーに戻ると、早速運転手から聞かれた。
クラクションを、5分経ったら鳴らすように、僕が依頼をしたから。

「ありがとうございました」
「でも、極力クラクションは鳴らしたくないんだがなぁ……ここら辺の住民、敵に回したくないんでね」

運転手から軽い嫌味を言われた気もするが、僕にとってはそんなこと、どうでもよかった。
少しのおひねりを出したら

「しょうがないな」

と運転手はそれを懐にしまった。
それですべて丸く収まるのを知っていたから。
それから僕はそのまま目的地を伝え、違反ギリギリのスピードで運転手には走ってもらった。

そうして、本当にギリギリの時間で間に合うことができた……というのがこの日起きたこと。

それを、かいつまんで海原に話したところ、海原は膝から崩れ落ちたかのようにしゃがみ込んだ。
どうしたんだろう?
そんなことを僕が考えている間も無く

「モテるって…………大変なんだな……」

と海原がぼそりとつぶやいたのが、少しだけ笑えた。