Side凪波

「海原のやつ……ヘタレにしては、よーやったと思うわ。うん、見直した」
実鳥に、あの日のことを……話せる部分だけ話すと、うんうん、と大きく頷かれた。

は、恥ずかしい……。

「で、その指輪なわけか……なるほどねぇ……」
実鳥が私の手を取り
「あんた、ぜーったい、ぜーったい心変わりなんかしちゃだめよ」
「ええ?」

実鳥が、推しの話をする時と同じような圧をかけてくる。

「だって、この指輪あれよ、超有名なブランドのやつじゃん」
「あ、そ、そうだ……ね……?」

指輪のブランド言われても、全く分からないので、空返事しかできない。

「しかもしかもーこのデザイン、日常のどの洋服にも似合うように作られてるってやつでしょ?」
「でも、さすがに婚約期間終わったら仕舞っちゃおうかなと思ってるよ」
「ちちち、そこは、海原の気持ちを汲んでやってよ〜」
「どういうこと?」
「日常使いできるものを選んだってことは……どんな時もずーっと凪波にこの指輪つけてて欲しいっていう、意思表示でしょ?」
「それはさすがに、妄想炸裂すぎじゃないかな?」
「なーに言ってんのよ!10年の片思いのこじらせ、なめたらあかんよ〜」

そう言うと、実鳥が携帯の画面を見せる。
朝陽スーツ姿で、りんごを持っている写真だ。
……インタビュー記事?

「今や海原りんご農園って、日経新聞に取り上げられるほどの最先端の技術とマーケティングで売り上げ爆伸ばし中!」
すごい……。
朝陽の家がりんご園やってたのは、よく遊びにも行ってたから知ってる。
でも、私が覚えているのは、海原のおじさんとおばさんが楽しそうに……でも大変そうにりんごを収穫して、朝陽と私が売れない、形がいびつなりんごを使ってリンゴジュースにしたという思い出くらい……。

「そーしーてー。それを引っ張ってるのが、海原朝陽。あんたの旦那」
「ま、まだ旦那ってわけじゃ……」
「もう同じようなもんじゃん。で、こう取り上げられるきっかけになったのが、あんた」
「私?」
「そ、きっかけは2つ。1つは海原がめっちゃ美味しい新商品のりんごを作ったこと。その名前が凪(なぎ)っていうんよ」
「凪って……」
私の名前の漢字?
そんなの、聞いたことなかった。
「それだけでも十分引くでしょ?」
「引くだなんて……そんなことは」
「親友をなめんな、顔に出てるんだよ」
「ははは……」
「まあはい、で、話を続けるとして……で、その凪をね、どーしてもあんたのところに届けたいってことで、通販やったりWEBサイトやったり、お菓子のプロデュースしたりで……あーっと言う間に売り切れごめん!の超人気ブランドにしたの」

……実鳥が話しているのは……朝陽のことで……間違いないんだよね……。
なんだか、別の人の話に聞こえる……。

「で、今や日経新聞やテレビにも取り上げられるほどの、有能経営者。……ね?」
「ね?って……何よ」
「だーかーらー、好きな女への思いが強過ぎた挙句、がんがん仕事がんばって、あっという間に上に上り詰める……女として、こんな嬉しいこと、ないでしょ?それも……」

一瞬実鳥が言葉に詰まるが

「2度と会えるか分からないっていうのにね」

それは、私への実鳥からの怒りにも感じられた。

「ごめんなさい」
「あはは。私に謝られてもねー。ま、事情は私なら……気持ちは、わかるつもりだしね……」
「実鳥……ありがとう……」
「でも、やっぱり親友の私にくらいは言って欲しかったよ、卒業式の後のプラン。協力できることもあったと思うのにさー。BL同好会の繋がりは、あんたにとってそんなもんだったんかい?」

実鳥はそう言うと、一気に残っていた酒を飲み干して、グラスをテーブルに音を立てて置く。

「いい?経緯がなんであれ、あんたは戻ってきた。あいつは気持ちを伝えられた。あんた達は結婚する。これでいいの。わかった?」

勢いにのまれて、うんっと頷く代わりにほとんど飲めていなかったお酒を一口含む。
慣れない味だった。