Side実鳥

「ありがとうございます……そう言っていただけますと、救われます」

歩美さんはそう言うと、葉に視線を向けてから

「触れても……?」

と、聞いて来た。
大人の中に葉を連れて行った時に、許可なく触られることも多く、葉も嫌がったので、基本的には触れられそうになると

「勝手に触らないでください」

と拒絶してきた。
でも、歩美さんであれば信用してもいいかも……と、思えるようになっていた。

「どうぞ」

私が言うと、歩美さんは葉を起こさないようにそっと近づき、髪の毛を丁寧に撫でた。

「このくらいの年齢だと、可愛くて仕方がないですね」
「……目を離すことができないので、大変ではありますけど」
「ふふふ。この時期の子供は、お母さんが大好きで仕方がないでしょう」
「そうですね」
「うちの子も、そうだったんですよ。ママ、ママって、私の姿が見えなくなるとすぐに泣いて私を探して……。その当時は、忙しいんだから、もう少しおとなしくしてくれれば良いのに……なんて思ったりもしました」

歩美さんは、そこまで言うとふと目を伏せた。

「でも今思うと……そうやって安心する場所として、自分を求めてくれていたのは……すごくありがたいことだったな……幸せだったな……と思うんです……。その時期に気付くことができれば良かったのに、どうして人間は……失って初めて気づいてしまうんでしょうね……」

歩美さんはそれから、ぽつりぽつりと、娘さんについて細かく話してくれた。
あるタイミングから、娘さんは全くわがままを言わなくなった。
それどころか、歩美さんに代わり、率先して家事まで担ってくれるようになった。
成績も、歩美さんは普通で良いと思っていたが、三者面談で担任から言われるのが

「成績優秀。将来が楽しみなお子さんです」

だったとのこと。

勉強が好きなのだろうか……?

そう考えた歩美さんは、娘さんが良い学校に通いやすいようにと娘さんに私立か国立の受験を勧めたそうだ。

最初は娘さんは興味がないそぶりを見せたらしい。
だけど、後々娘さんが自分で調べたのか、

「ここに行く」

と歩美さんにパンフレットを持って宣言したのが、悠木先生と同じ学校だったらしい。

それほどまでの自立した娘さん。
周囲から見れば、誰もが歩美さんを羨んだことだろう。
だけど歩美さんにとっては、ただただ幸せに、健康に過ごしてほしいという、当たり前の願いだけを持っていた。

そしてそのために精一杯働いていたのだ。
だからこそ、歩美さんは何よりショックだったそうだ。
娘さんが、たった1人で病気と苦しんでいたと言う事実を知った時。