Side実鳥

「娘さんの……?」
「ええ、一人娘……でした」

一人、を強調したのは引っかかった。
でも、あえて私は、そこに気づかないフリをした。
歩美さんは宙を見るように顔を少し上げてから、話を続けた。

「お恥ずかしながら、夫と離婚してから1人で娘を育てていたんですが、仕事も忙しくなかなか娘に構ってやれなかったんです」
「そう……ですか……」

歩美さんは、私と似ている。
夫と離婚し、子供を必死で育てないといけなかったという立場が。
でも、私とは違う、とも思った。
私は葉と一緒に居させてもらえる場を、与えられたから。
運が……良かった。とても。

「娘は、とても良い子で、私には出来過ぎた子でした」
「そうだったんですね……」

本当に、そうだったのだろう。
母親が、自分の子供の事を誇らしげに語る表情というのは、きっと万国共通だ。
自分のことよりも、子供の事を褒められる方が何よりも嬉しい。
そう思っていることが、ひしひしと伝わってくる。

「もっとそばにいてやればよかった。母親らしいことを何1つしてやれなかったんです」

歩美さんは、1枚クッキーを取った。
この中にある中で、最も歪なクッキーだった。
そこから、歩美さんの人間性がほんの少し垣間見える。

「このクッキーも、娘が元気な時に1度でも作ってやれればよかったんですけど……」

した。
すればよかった。
歩美さんは、全て過去形で話している。
この場合は、ある仮説が立てられる。
でも、自分も一人の親として、その仮説が当たってしまうことは怖い。
それを口にしてしまえば、自分にも……葉にも、返ってきてしまうのではないか、という予感すらある。

「あの……娘さんと今、別々に暮らしているんですか?」

核心を、私から突かないように慎重に言葉を選ぶ。
歩美さんの見た目の年齢から考えると、娘さんはすでに成人していて家庭を持っていたとしても不思議ではないから。

「いえ、いつも一緒におります」
「え?」
「清様は、私と娘を同じ空間で過ごさせてくれるために尽力してくださった……神のようなお人なのです」