Side実鳥

「矢部さん……」
「歩美と、お呼びください」
「では……歩美……さん?」
「はい」
「そんなところに立たれると緊張するので、……座ってくれませんか?」
「お客様のおもてなし中ですから」
「……そうですか……」

歩美さんは先ほどから、私が座っているソファの真後ろに立ちっぱなしだった。
そう言えば……昔見たテレビドラマに出てきた高級レストランのウェイターも、歩美さんと同じように、近すぎず遠すぎずの距離で立っていた。
お客様の動きが見えるように……という理由で。

気にしない方が良いのかも知れないが……朝陽のおばさんやうちのお母さんよりも上の年齢の人を立ちっぱなしにするのは、やっぱり気にしてしまう。

「あの……歩美さん?」
「はい」
「もし良ければ、こちらに座ってくれませんか?」
「よろしいんですか?」
「もちろん」
「そうですか……では……」

歩美さんはそう言うと、少し離れた位置に腰掛けた。
その座り方が、ソファに沈み込むような感じだったので、やはり立ちっぱなしは辛かったのだろう。
私の罪悪感が1つ減ったのは、少しありがたい。

さて……。
ここからどうするか……。

悠木先生の問いかけにきちんと答えないといけない。
凪波のことをどうするか。
でも、それを決められるほど、私は何も知らない。

「歩美さん、お聞きしても?」
「はい。どうぞ」
「歩美さんは……悠木先生の助手とおっしゃってましたよね?」
「はい」
「もともと医療関係のお仕事をしていたんですか?」

我ながら、回りくどいなと思う。
毎度毎度。
だけど、回りくどくしないといけない場合もあると、私は知っている。
特に、秘密を抱えている人間の場合は。

「いえ、普通の事務職でした」
「でも、先ほどは……患者さんのケアをしてましたが……」
「ああ……そうですね……。清様にお仕えするようになってから、資格は取らせていただきました」
「そうなんですか?」
「はい。清様からは、そこまでしなくてもいいと、おっしゃっていただいたのですが、私が資格取得を望んだ時に、清様には多大な援助をいただきましたので、こうして患者様のお世話に従事させていただけるようになりました。本当に、清様には感謝してもしてもし尽くせないです」

堰を切ったように出てくる、悠木先生への賛辞。
……この人にも、何かある。

「あの……失礼かもですがお聞きしても?」
「はい」
「……悠木先生と歩美さんは……どういう繋がりなんですか?」

私が聞くと、歩美さんは少し悲しげな表情を浮かべながらこう言った。

「娘の、恩人なんです」