Side朔夜

この日の夜、互いの全てをぶつけ合うように愛し合ったあと、僕たちは恋人としての会話を久しぶりにした。
仕事のことは一切話さない、愛情を確認し合うだけの会話。

「ねえ……朔夜……」
「何?」
「どうして、私と付き合うの?」
「え?」
「朔夜だったら……私みたいにパッとしない女より、ずっと可愛くてスタイルが良い女の子と付き合えるでしょう?」

またこの質問か……。
僕は、苦笑まじりのため息をしてから、凪波の頬と額に軽くキスをしてから、汗で濡れた胸に凪波の顔を抱き寄せた。
付き合い始めた頃から、何週間かに1度、この質問を凪波は僕にぶつけてくる。
その度に、僕はこう答える。

「君が好きだからだよ」

とてもシンプルだけど、これが全て。
ずっと側にいたいと考えるのも。
何時間でも話をしていたいのも。
抱きしめたいと思うのも。
キスをしたいと思うのも。
抱きたいという欲を抑えられないのも。
全ての理由が、この一言に詰まっていると、僕は思っている。

いつもの凪波だったら、こう答えるだけで頷いてくれる。
それから

「ありがとう」

と答える。
でも、この日は違った。

「どうして、私のことが好きなの?」
「え?」
「私なんかのどこを、好きだと思うの?」
「どこって……」

凪波を好きな理由?
第1印象が強烈だったこと?
演技に対する真剣さに、かっこいいと思ったこと?
彼女から出てくる知識の数々が、僕を刺激したこと?
それから時々見せてくれた、はにかんだ笑顔が可愛いこと?
どれから話せば良いだろう。
でも、理由を言葉にすると、どれもがわざとらしく思えてしまう。
理由があったから、凪波のことを好きになった訳ではない。
ただ、惹かれる要素が多かっただけ。
それをどう伝えれば凪波に伝わるのか、僕は考えた。
凪波は、僕の答えをじっと待っていてくれた。
早く答えてあげたくて、僕は凪波をぎゅっと抱きしめながらこう言った。

「凪波だから、好きになったんだ」

この回答こそが、自分の気持ちを最も表していると、僕は信じた。
だけど、僕の言葉選びは結果として間違っていたらしい。
凪波は、僕の言葉を聞いた途端、確かに笑ってくれた。
でも、目が笑っていなかった。
凪波の目は、かつて、僕があの夜の世界で生きていた時に生み出した、作り笑いの目とそっくりだったから。

それを見た瞬間、僕は急に怖くなった。
僕はその目をしていたかつて、強く願ったことがある。

「ここから今すぐ逃げ出したい」

凪波が、もしこの時の僕と同じことを考えていたらと思うと、急に体温が下がっていく感覚がした。
だから……。

「凪波、僕と結婚しないか」

繋ぎ止めたい一心で、僕は覚えたてのプロポーズの言葉を乱暴に凪波にぶつけてしまった。