Side朔夜

僕が、大きな仕事やオーディションを控えている時は、必ず凪波はどんな時でも料理をしてくれた。
特に朝ごはんは、僕が大好きな料理をたっぷり用意してくれる。
それは、演技の勉強をするために徹夜して映画やアニメを観た後や、夜通し僕のオーディションの準備に付き合ってくれた後、それに……ベッドで激しく絡み合った後でさえも変わらず。
僕としては、もう少し腕の中に居て欲しいと何度もお願いしたが、決まって彼女はこう言った。

「あなたのために、ご飯を作る私は嫌い?」

そんな事を、上目遣いで可愛く言われて、誰が拒否できるだろう。

一方で……凪波の……僕に対する食事管理は、普段はずっと厳しかった。
昼と夜は、スケジュールや付き合いの兼ね合いで外で済ませないといけない日が多い。
凪波が一緒にいる時は凪波が僕の分を選んでいたし、やむを得ず別々に食事をする時は、スマホで写真を撮って送るように言われた。

正直言えば、自分が稼いだお金で好きなものを食べて何が悪いんだろう、と思った事も1度や2度ではない。
直接凪波に「自由に、好きなものを食べさせて欲しい」と訴えた事もあった。
でもその度に、凪波にこう言われた。

「あなたのために私がすることを、拒否するの?」

これまで僕が付き合ってきた女たちのように、ヒステリックな反応ではない。
ただ、淡々とささやくだけ。
悲しげな目だけ僕に向けて。
その目を見たくなくて、僕はいつも彼女を抱きしめてから

「そんなことないよ」

と言う。
すると彼女はため息混じりに

「良かった」

と僕の肩に声をこぼす。
その声を聞き、僕はまた嬉しくなる。

僕と凪波の日常は……そんなことの繰り返し。
凪波が僕のためだと思うことをしてくれて、僕はそれを受け入れる。
その結果、一路朔夜としてまた1つ、大きな成功を掴む。
そして僕は、凪波が喜ぶ顔を見られる。

凪波が料理をする時。
それは、僕に対して「がんばれ」と凪波からのエール。
少なくとも、そう思っていた。
でもあの日、凪波が手料理を作った日の次の日は……特に何かあった訳ではなかった。
いつもの凪波のルーチンが崩れた瞬間。


彼女が、彼女自身のルールを崩したということの意味を、僕はちゃんと真剣に考えるべきだったのかもしれない。