Side朔夜

その日から、凪波は家にほとんど帰らなくなった。

【しばらくは帰れない】

このメッセージを僕に残して。

そうは言っても、全く凪波と会えないわけではない。
いつも現場に行けば、マネージャーとして凪波がいた。
マネージャーと担当声優という立場であれば問題なく、周囲に気を遣うことなく話をすることができる。

演技論のことや、役作りのことなどは、いつものように外で盛り上がることができた。
でもプライベートでその話をする時にしていることができないのが、辛かった。
キスをしたり、押し倒したり、可愛がったり……。
凪波の体温のすぐ側にいるのに、指一本触れられない事は、僕にとっては拷問に近かった。

とは言うものの、これくらいなら我慢しなくてはならないだろうとさすがの僕も思った。
せいぜい1週間ぐらいだろうと、思っていたから……。

けれど凪波は、1週間経っても2週間経っても……1ヶ月経っても、家に帰って来なかった。
それと並行して、現場で見かける凪波は、どんどん痩せて、肌もぼろぼろになっていった。

「マネージャー、ダイエットでもしてるの?」

軽口を聞いてるフリをして、わざと人前で凪波に聞いてみても

「……人のこと……気にしている暇なんかあるの?」

と、冷たく突っぱねられるだけ。
自分の領域に入ってくるな、と言わんばかりの……まるで初めて会った日の凪波だった。

一体、凪波は僕が知らないところで……何をしていると言うのか。

僕は、どうしても凪波の事が気になったので、ある日凪波と現場で別れたフリをして、凪波の後をつけた。
凪波が僕のためにしてくれたように、僕もまた、彼女のために変装をして。

結局、行動が正しかったのか……今でも分からない。
だけどもしかすると思ってしまう。
僕があの日余計な事をしなければ……凪波は今頃僕のマネージャーを続けてくれていたのだろうか。

今頃まだ、凪波は僕の側にいてくれたのだろうか……と。