Side朔夜

社長は、1度会議室の外に出てからすぐ戻ってきた。
分厚いファイルを手にして。

「見なさい」
「……はい」

社長は、凪波の目の前にファイルを置き、手に取るように促した。
凪波は、硬い表情でファイルを捲った。

「社長……これは……」

凪波から戸惑いの声が漏れた。

「出張サービスにも対応している、高級風俗店のリストよ」

社長が持ってきたリストというのは、会員制の高級風俗店の一覧だった。
一流の財界人や芸能人など、スキャンダルが命取りになる人間が、そういう目的のために使う、知る人ぞ知る場所。
そして、俺がかつていた、いたくもなかった場所。

「まさか……一路にこれを利用させろと言うんじゃ……」
「しょうがないでしょう。変に一般人に手を出されるくらいなら、こういうところを利用するしかないじゃない」
「バレたら一路朔夜のブランドに傷がつくんじゃ……」
「それを何とかするのも、マネージャーとしてのあなたの仕事でしょう!畑野!」

社長は、テーブルを力一杯叩いた。

「も、申し訳ございません……!!」
「一路はこれからもっと女性向けに売り出していきたいのに、彼女持ちなんて印象がついたら、それこそ仕事に影響が出るから」

凪波は、それ以上……社長の言葉に何も返さなかった。

「畑野にこのリストあげるから、一路が女遊びしたくなったらここから適当に一路のところにプロを派遣しなさい。ここのリストに載っているのは、秘密を徹底的に守る、信頼できる場所ばかりよ」

そう言うと、社長は今度は僕に向かってこう言った。

「女遊びは芸の肥やしと言うから……それは大目に見てあげる。でも……ファンが離れるような行動だけはしないで」
「社長、僕は……」

そんなものを利用するつもりはありません、というつもりだった。
そんな世界の世界の世話なんかに、決してなりたくなかった。
堕ちたくなかった。
でも僕が何かを言う前に

「承知しました。この度は、本当に申し訳ございませんでした」

そう、凪波に深々と謝られてしまった。
凪波が僕に

「これ以上何も言ってくれるな」

と言うプレッシャーを、与えるかのように。