Side朔夜

唯一の救いは、この後ろ姿が凪波であるとは、社長が考えていなかったという事。

「畑野は、この女の素性は知ってるの?」
「申し訳ございません」
「そう……専属つけてもこれなら……畑野を別の女性声優にでもつけて、一路は私が担当するしかないかしら」

それは、困る。
何としても阻止したい。

だけど、この場でそんな事を言ったら……社長は疑うかもしれない。
僕が、凪波に対して特別な想いを持っていることに。
すると芋づる式に、この写真の女が凪波であることにも、社長は気付いてしまうかもしれない。

僕はこの場で何を言うべきか、必死に脳内でシミュレーションしたが、いつもなら簡単に思いつくアドリブが一切思いつかない。

「一路」

社長の冷たい声が、僕に直接届いた。

「この女とはどんな関係なの」
「どんなって……」
「遊び?それともまさか本命とか言わないでしょうね」

社長の言い回しから、強い意思を僕でも感じとることができた。
遊びだったら許してやる。
本命だったら決して許さない……と。

「ははは」

僕は、少し前に演じた、遊び人の男の演技を思い出して、高笑いから始めた。

「社長……僕が女ってやつにうんざりしているのは……社長が1番良くご存知でしょう?」

僕の過去の闇を知っている社長への、精一杯の皮肉。

「ちょっとストレス発散したいと思ったから、適当に引っ掛けたんですよ。正直顔も名前も覚えてないですね」
「なるほど……」

社長は、僕のセリフ回しに耳を澄ませ、目をしっかりと見つめていた。
僕の一言一句に、動作に違和感がないかを徹底的に探っているのだろう。

「まあ、カラダだけは良かったんじゃないですかね。おかげで次の日の仕事はうまくいきましたし」

仕事には良い影響があるというフレーズは、社長を説得するのにはよく使える。
僕はこれまでの社長との付き合いでここら辺は熟知していた。

「つまり、畑野の目を盗んでそういう女遊びをついしちゃって、そのまま間抜けなことに写真撮られて拡散された……そういうことでいいのね?」
「ま、そういうことになりますよね」

僕が言うと、社長は頭を抱えながら大きなため息をついた。

「……今回の状況については……分かったわ」

社長は、僕の演技が僕の真実であると、見事に騙されてくれた。
でも、その後社長は僕にとんでもない提案をしてきた。